B-07, 08 アーノルドら戻る, 大晦日

1985年12月H日

アーノルドら戻る

パブ, 労働者, 肉体, ピルバラ

 アーノルドとメニが戻ってきた。1週間の閉塞状態も終わればなんでもなく、楽しいものだった。過去9ヶ月のこの国での生活が、もともとイージーかつレイジーな自分をよりそのようにしてしまったのかもしれない。

 彼らと一緒に、レイとアイダという夫婦そしてケネスという男性の3人の友人がパースから遊びにやってきた。みんなにぎやかな人たちで、どちらかというと静かめのアーノルドとメニとオレだけの生活よりこの方が楽しくてよい。

 レイはオーストラリア人だが、アイダはここの夫婦と同じくオランダ人(この人は少し背が低い。ただ体重だけは立派すぎるようだが)で、アーノルド夫婦とこの国で知り合ってからもう20年にもなるという。もう一人のケネスはイギリスのリバプール出身で、オーストラリア人の発音とはまた違った難しいアクセントの英語でしゃべる男である。

 みんなもともとノンベエのようだが、この暑い町カラーサではビールのペースが一段と早くなるようだ。昼といわず夜といわず、リビングルームのテーブルの上には缶ビールと笑い声が途絶えることがない。

 家にいるばかりではおもしろくない、とアーノルド、レイ、ケネスと4人でこの町に一つしかないパブへ行ってみた。カウンターの内側ではいかにもオーストラリアの田舎のパブらしく、ブあいそな女の子が数人、あたかも、
「私たち、こんな仕事好きでやってんじゃぁないよ。こんなクサッた町で、毎日ヨッパライ相手にビールあげて、楽しいはずないじゃないのさぁ。できたら、この店にあんまり来ないでよぉ、みんな。」
とでも言っているかのように、ブッチョー面で仕事をしている。

 オレたちの周りは真っ赤に日焼けした、いかにも肉体労働者然とした男たちで囲まれている。くだをまいているの、無言でダートをやっているもの、何十ドルも機械のくじ引きにつぎ込んでいるものなど。アーノルドの隣りの上腕に虎の入れ墨をした若い男などは、アーノルドにマリワナはいらないかと声をかけている。

 もちろん、彼はいらないと断ったが、よくもまあこれだけカスばっかり一つの場所に詰め込んだもんだと感心せざるをえない。ここはオーストラリアの教育省が推薦して行きなさいとはあまり言いそうにない場所だ。

 まあ、これが典型的なピルバラの姿であることは、この先徐々にわかってくるのだが・・・・。

1985年12月I日

大晦日

除夜の鐘, 大晦日

 この町に来て2週間がたったが、このカラーサはホントに何もないところだ、ということがわかってきた。病院、図書館、スーパーマーケット、銀行など、生活に必要最低限のモノとサービスは揃っているが、それ以上はなんにもない。
 ダンピアの新しい住宅地域として開発された人工的なこの町だが、ホント真っ赤な砂漠にポコポコと樹木のない簡単な造りの家が建っているだけでしかない。

 今日は大晦日。何もない年の瀬だ。レコード大賞も、紅白歌合戦も、除夜の鐘も、みかんも、おもちも、寒さも、日本人も、家族も、やるべき仕事も、感慨もない。
 去年の大晦日は辞表を出した1週間後だったが、たいした感慨もなかったことを思いだす。やはり歳を取ったせいなんだろうか。

 客観的にみて今年の1年は、生まれてから27年の人生の中で、最も変化に富んだものだったと言って間違いない。しかしながら、本当は何も起こらなかったのではないかとも思えてくる。実のところいったいどうなんだろう。

 この国へ来て、英語は確かに上達したという実感を掴みかけている。だが、そのほかに何かオレがこのオーストラリアという国で得たものってのは、いったいあったんだろうか。ただの長い休日だったんではなかったかというあせりみたいなもの心のどこかに引っ掛かる。何か一つでも形に残ったものがあったなら、オレももう少し心の落ち着きが得られるのだろうかが・・・・。

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