1986年3月J日
3隻目でやっとややマトモに

新O島丸が去って、そのあとダンピアとポートウォルコットに2、3隻の日本船を迎え入れた(注文はシーレーンへ)あと、昨日、結婚式当日に初めて花嫁の顔をおがんだという山下新日本汽船の例の司厨長の船が来た。
今航から船長が代わって、司厨長と先航で仲良くなった同い年の2等通信士さんが一生懸命になってわがPOAを新しい船長に推して下さったらしく、またもや受注。そして3回目のこの受注にして、今日初めてマトモな仕事ができた。
幸い注文の量もたいしたことがなく、それほど変わった商品の注文もなく、ウィスキーが一本足りないだけですんだ。船長からサインをもらって「ありがとう」というお言葉をもらって、ホッと胸を撫でおろす。やはり仕事というのはこれでなければいけない。
本社の方からもオレたちの注文に対して完璧ではないにしろ、テレックスを打つたびにその次のトラックで商品を送ってくれるようになってきた。その成果が今回の成功の基になったようだ。
この地の果てカラーサで船食業みたいな商売をやっていくには、パースにある本社の絶対的な協力が何にもまして必要である。何せ売る商品がなくなれば、それを十分に補充する場所などこの地の果てにはどこを捜してもありはしない。ただ船に対して、ありません、の一言しか言えない。
船の人の話によると、日本の船食業者のサービスぶりは完璧だという。船側は注文を出しさえすれば、あとは業者が指定の日時にただ一つの商品すら欠くことなく配達し、倉庫への搬入まですべてやってくれて、船側は司厨長が搬入された商品をチェックするだけで、あとはまったく何もすることがないということである。
そんな徹底したサービスをふだん経験していれば、ほんの小さなミスまでもが悪印象を残していくのであろう。はっきりいって、このカラーサのPOAがすぐさまそんなところまでできるようになるとはとても思えないが、やはり上を見ながらやっていかないとオレたちの向上もない。
まあ、とりあえず今日はうまくいったことだし、あまり焦る必要もないか。どうぞ、今後ともこの調子でうまくやっていけますように・・・・。
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