1986年3月K-3日
ポートヘッドランドへ日帰り砂漠ドライブ 3/3

鉄鉱石のホコリをモロにかぶった赤茶色の町並みを抜け、純白の塩の山を通り過ごし、国道1号線に戻った車は再び360度地平線に囲まれながら走る。
正面から乗用車の後ろに我が家より少し小ぶりのキャラバンを引っ張って走ってくる車がきた。ナンバープレートはニューサウスウェールズ州のもの。おそらくオーストラリアを一周旅行しているやつだろう。
すれちがい際にドライバーが窓から右手を出しサインを送ってきた。ここまでやつはたった一人でこの砂漠を越えてやってきた。オレもこれから走る孤独を思って、大きく右手を窓の外へと伸ばしてあいさつを交わした。
ヒマつぶしにと、そんなあいさつを次々にやってくる対向車相手にしていると、不思議と孤独感が和んでくるようだ。この広い、ただひたすら広い未開の大地を走っていると、自分がたった一人世界から隔絶され、取り残されたように、あるいはこのままどこかよその次元へ連れていかれてしまいそうな錯覚に襲われてしまう。ここを訪れる人はみんな同じような思いでこのオーストラリア大陸の果て、ピルバラの大地を感じ取っているんではないだろうか。
再び視界に文明を連想させるものが道路以外すべてなくなってしまったころ、前方500メートルぐらいに、鳥の群れが路面上1メートルから2メートルの高さで、道路を右から左へと直線的に横切って飛んでいくのが見えた。
純白の毛を全身にまとった美しい鳥たちは、翼をゆったりと上下させながら、一直線に飛んでいる。それも数えきれない数で。オレの目にはこの群れの先頭も最後尾も見えない。この鳥たちは、この荒れた赤い大地の上に舞う白い美しい一枚の帯のようであった。
これこそオーストラリアの野性の世界。オレは、
Oh, Jesus ! (おお、神様!)
とか、
What a beutiful thing! (何ときれいなんだ!)
とか、車の中で一人喜び、吠えまくっていた.
この間も車は時速100キロで走っている。目の前まで鳥の群れがせまってきたが、どう考えたって向こうがこちらをよけてくれるだろうと思って、オレはそのままのスピードで、その白い帯の中へとまっしぐらに突っ込んでいった。
だが、30メートル手前まで来ても、帯はそのトリ模様をはっきりとオレに見せるだけ。アレッ?・・・こいつら、いったい・・?とつぶやいた途端、
ドサッ!バシッ!
という物凄い音とともに、その長さ80センチはあろうかと思える鳥3羽が次々とフロントガラスと運転席右側のガラスに激突した。
一瞬、オレは何が起こったかさっぱりわからなかったが、フロントガラスの下のワイパーに絡み付いた羽根を見て、初めて様子がつかめた。われに返って、車内を調べたが幸い何も異常はなく、車は正常に走っている。
エアコンをオンにして窓を閉めていたため、右横からの鳥の侵入を防ぐことができたが、窓をもし開けていればいったいどんなことになっていたのか、想像して思わず身震い。ひとつ深呼吸したあと、
「なんちゅうとこや、・・ここは・・。」
と、天井を見上げながら、タメ息交じりの独り言。
毎日毎日、非日常的なことばかり起こるのがこのピルバラだ、まったく。
そして、まだ事件は続いた。それは鳥のカミカゼ特攻隊の襲撃を受けてから約30分後ぐらいだったろうか、オレは気を取り直してまた退屈至極な運転を続けていた。
突然、こんどはどこからともなく、
「ガガガ!バシ、バシ、バシ!」
という大きな音が車内に響いた。
アレッ?はてな?なんで、こんなところで?
迷ったあげく、オレは車を止めて、運転シートの下のエンジンルームをのぞいてみた。
焦げたゴムの強い臭いがその中からしてくる。車にあんまり強くはないオレだが、よく見てみるとエアコンのためのファンベルトがブッちぎれているのがわかった。
今日の最高気温、摂氏42度。オレはここまでこのライトバンを、ポートヘッドランドでの米の積み込み作業の約45分を除いて、ほぼ走りっぱなしにしてきた。それもエアコンをフルに付けっぱなしにして。
車本体のファンベルトは幸い大丈夫だったが、少し細めのエアコン用のやつは、どうやらこの暑さで完全にノックアウトされてしまったということのようだ。ホント、ここピルバラでは、ありとあらゆる文明を襲う落とし穴が待っている。
そして、そのあとのドライブの暑く辛くつまらなかったこと。360度のパノラマで、地平線をずっと見続けたあと、また例の崖の谷間とウィムクリークホテルをあとにする。そのあと左側に低い岩山を、右側に地平線を見るだけ。そしてエアコンが効かない車内は開けた窓から吹き入る灼熱の風の窯。
オレをカラーサまで運んでくれたバス会社のバスを追い越したが、あのバスのドライバーをオレは本気で気の毒に思う。こんなところを毎日毎日走っていたら、目は絶対に悪くはならないだろうが、頭の中はこの左側の岩山のように風化してしまうだろう。
ローボーンの町に入って、わが家は近しとの思いがこみあげる。たった250キロの距離を往復しただけなのに、この見慣れた町がとても懐かしく感じられる。
窓の外は42度、エアコンの壊れた車内ではそれよりまだ高くなっていたであろう。はっきり言って、このあたりですでにオレの身体は半分以上、干上がっていたが、まだ何とか運転は続けられた。この灼熱の地獄のような暑さが続くなかエアコンなしで砂漠を突っ切ったという誇りみたいな気持ちが支えていたのか。
午後3時前、事務所に帰り着いた。オレの疲れ果てた様子を見て取ったアーノルドは今日は早めにキャラバンへ帰ることを促した。オレは彼のそのありがたき言葉に返す言葉もそこそこに、じゃあ、とそそくさと事務所をあとにした。
文字通り蒸し風呂のキャラバンに入り、2台備え付けられているクーラーをメいっぱい動かす。事務所に帰り着くなり1リットル入りのコーラをふた息で飲み干して、もう乾いていないはずの喉がゼーゼーとうなる。
オレは口をバッカと開けて、ふらふらとベッドに倒れ込み、うつ伏せた。そして、ただただひたすら深い眠りが、顔にたかるピルバラのハエのように、その約10秒後ごくごく自然に天井から襲ってきた。
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