B-43 レイ大先生の働きぶり

1986年4月A日

レイ大先生の働きぶり

レイ, 仕事ぶり

 このところ2週間に1隻ないし2隻、日本船から注文をもらっている。例の長崎の司厨長の船以来、全体としてシーレーンとの対船成績は1勝4敗のペースである。オレが来た当初のことを思い起こせば、これでもだいぶんましになったといえる。

 しかしながら、それにつれてこの事務所で忙しくなったのは、どうやらオレとアーノルドの二人だけのようだ。レイは相変わらずマイペースで仕事をやっている。そして彼の仕事ぶり、それはヨーロッパの働き者で鳴るオランダ人と働き中毒の日本人にとって、実にあまりにもユニークだ。

 朝、事務所へやってくると、彼はゆうべのパブでさんざん盛り上がったのか、臭いをプンプンさせながら、きのうのフットボール(もちろんオーストラリア式のやつ)がどうだの、ホーク首相の政策がどうだのを、とめどもなくしゃべりまくる。それが一段落するとアーノルドは自分の机で、オレは隣りの部屋にあるもう一つの机で、それぞれ仕事を始めるが、このレイ大先生は自分の机がないため、オレの机の横のソファに座ってリーダースダイジェスト(簡易な雑誌)を読み始める。

 そのまま何時間でも読み続けて、彼が次に動くのはアーノルドが何かの用事で席を立って倉庫へ出ていく時。彼はそのあとをノコノコとついていって、何やらわかったようなわからないようなことをアーノルドにワイワイとしゃべりかける。そして、アーノルドが席に戻ると彼ももとのソファに戻って、再び大好きなリーダースダイジェストを読み続ける。1週間のうち最低2日、多いときには4日間、そんなことを一日中やり続けられるとは、まったく彼はすばらしい才能の持ち主だ。

 そして、夕方5時になると、少々仕事が残っていようがいまいが、まったく関係なしに、
「バーイ、アーノルド!」
「バーイ、ケン!」
と、一目散にスッ飛んで帰る。

 もし夕方7時ごろにトラックが入ってくるというような連絡など受けようものなら、得意のアヒルのような英語で彼は、
「いったいなんでそんな時間にやつは着くんだ!?」
「オレの残業手当てはどうなっているんだ!?」
などと、ワーワーワメキ立てる。

 そんな彼をオレとアーノルドは適当に受け流して聞き流しているが、あまりにうるさいようだと、アーノルドは物静かに彼に帰ってよいと言い渡す。

 すると大先生は一瞬だけすまなさそうな素振りを見せたあと、スクッと立ち上がり、待ってましたとばかりに愛車の三菱シグマを駆ってスッ飛んで帰る。実際、彼なしで二人だけでやる方が仕事ははるかに効率よく運ぶ。そして何よりも気持ちよく運ぶ。

 オレたち二人はそんな彼をハナから幼児扱いだが、時としてどうしても我慢がならなくなるのは、オレが早朝2時、3時から船に出ていって4時、5時に帰宅しながらも、いつも通り朝8時から仕事を始めたような時、彼が一人で次の船の配達準備をまったくしようとしなかったり、カラーサの町中へ用事を足しにいくのさえ渋ったりする時である。

 彼がただカネが欲しいがためにこんな地の果てまでわざわざやってきて働いているということは理解できる。彼のそんな仕事のやり方がこの国では別にそれほど極端なものでもないのかもしれない。

 しかし、彼の心は労働のなかにほんの少しでも「喜び」というものを見つけられないのだろうか。彼はパースで仕事が見つからず、古い友達のよしみでアーノルドに泣き付く格好で雇ってもらったようだが、その恩を仕事で返そうと思わないものなのか。

 彼は非常に人なつっこく、仕事以外ではきわめて好感のもてる人間ではあるが、いざ仕事となると彼はほとんど何の支えにもならない。猫の手も借りたいと、忙しい時には誰しもが思うものだが、正直いってオレたちはいくら忙しくても彼の手を借りたいとはもう思わなくなった。

 レイ、これを頼む、と尋ねたのに対して、いやそうな顔で文句タラタラ言われながらやってもらうより自分たちでやってしまうほうが、精神衛生上はるかに清潔だからだ。

 彼は50才を少し過ぎた年配だが、毎日飲むビールのせいでアル中の症状が多分に表れていて、実際の年齢以上に相当フケた外観を呈している。夕方3時を過ぎると、決まって両手がアルコールを求めてブルブルという感じで小刻みに震え始める。本当に彼のアルコールへの傾倒具合は、はた目にも度を越えている。

 趣味は、パブで周りの人々とワイワイとしゃべりながら飲むビールとギャンブル、ただそれだけ。そんな彼とまったく同じタイプの人間はこの国にはクサルほどいて、別に珍しくもない。

 そして、それでこの国でちゃんと生きていけるのなら、彼を責めるつもりなどまったくない。ただほんの少しだけ、かわいそうな人だなあ、と思ってしまうだけである。

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