D-04 ホステスさんの悲しき理由に号泣

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1986年11月D日

ホステス

 タイへ女性を「買い」にやって来る日本人男性は多い。そんな彼らに是非とも耳に入れておいてもらいたいことがある。以下は自分の実体験だが、できればこの話をよぉく覚えておいて欲しいと思う。

 日本語が恋しくなって、日本人相手のバーに入った。そこで話相手をしてくれたホステスさんのひとりカミラに、次の日ショッピングに付き合ってと頼むと「いいヨ」と彼女は快く引き受けてくれた。

 待ち合わせの時間きっかりに現われた彼女が連れていってくれたのは、バンコクの中心にあるサイアムスクウェアの近く、ごく最近日本の資本で建てられた巨大なショッピングセンターだった。

 日本の都会のショッピングセンターと比べてもなんら遜色のない清潔かつ豊富な品揃えで、ここはタイの若い人たちの最新の社交場ともいえようか。

 こぎれいで気のきいた店が並び、NIES(Newly Industrializing Economies[新興工業経済地域]韓国・台湾・香港・シンガポールの4か国)に追い付こうとするタイの前途の明るさを象徴しているかのようなスポットだ。

 オレはタイ文字の入ったTシャツと白い半ズボンをともに80バーツ(4ドル)で買った。

 まだ彼女は店に入るには時間があるというので、そこを出てオレは彼女をメシに誘った。久々に中華料理が食べたくなって、親切な彼女のためにこの日は少しふんぱつ。見るからに値が張りそうだったが、ガイドブックに味よしと紹介されていたチャイニーズレストランへとオレたちは入った。

 夕食どきにはまだ少し早いこのころ、客は二分の入り。かなり大きな店ががらんとしていた。そしてこの静かで落ち着いた店の中、彼女がポツリポツリと洩らしてくれた以下の話は、この日以降オレの頭に焼きついて決して離れなくなった。

 彼女は21歳。小柄で目が大きく控えめな、早い話が典型的なタイの女の子である。彼女の日本語はペラペラとまではいかないものの、コミュニケーションに支障はほとんどない。誰からも教わることなく、ひとりで本を読んで覚えたという彼女の努力にはホント頭が下がる。

 仕事のクセからか、食事をしながらもオレのことに始終気をつかってくれる彼女がやたらといじらしく思えて、もっと彼女のことを深く知りたくなり、食事が一段落したあと、オレはちょっとぶしつけかとも思えるような質問を思い切って彼女に投げかけてみた。

「カミラ、家族はどうしてるの?」
「・・お父さん、ワタシが小さい時にどこか行ってネ・・・・・。お母さん、いま弟と妹たちといる。」
「兄弟は・・?」
「お兄さんが二人ネ、それと弟ひとりと妹二人・・。六人兄弟。」

「ふぅん・・・・。」
「ケンさん、いつ日本帰る?」
「さぁ、どうなるかな?ちょっとわからない。」
「彼女、日本にいる?」
「う、うん。(真っ赤なウソだった。)」
「そう・・・・・・。」
「カミラ、あのうもしよかったら・・・、なんであんな店で勤めてるのか、聞かせてくれないかな・・?」

 バンコクでは酒を飲むのに「ストレートな」店を捜すのは難しいといわれるように、アルコールを出すほとんどの店のホステスさんが、売春までもするということが非常に多い。彼女の働く「平安」(仮称)という店も典型的な日本人観光客相手のバーで、わが祖国からハジカキツアーでやってくるオッサン連中の「観光」コースのひとつである。

 そこの広い店内は日本のクラブそのままの雰囲気で、ふんぞり返って座っているオッサンたちの間あいだにホステスさんが割り込んで座るという、いわばこのSEXハンターたちのパートナー物色の場なのだ。そこで働く彼女は、客から指名を受ければ、たった一夜だけの恋人に自らを変身させねばならない義務を負った、いわばプロの女性なのだ。

「それはネ・・・・、おカネ貯めてネ、お母さんや兄弟といっしょに住める大きな家を買うためネ・・・。」
「ふぅん、・・で、お金貯まった?」
「・・うぅん・・・、マアネ、あと2、3年ぐらいかかるけど・・・。」
 彼女はポツリポツリと、ややたどたどしくなった日本語で話す。

「カミラ、いつからあの店で働いてたっけ・・・?」
「・・・2年ぐらい前からネ・・・・。」
 極めてぶしつけかつ無礼な質問とは知りつつ、オレは思い切ってさらに質問を深く続けてしまう。
「ふぅん、長いね・・・。で、カミラはいくつまで学校に行ったの?」
「・・・・13歳の時まで・・・・。」

「ふぅん・・・。」
「・・・・・・。」

 恥ずかしそうに彼女は視線を落とした。
「でも、なんでカミラがこんなにまでして働かないといけないんだい?」
「だって、お金貯めないと・・・。」
「だけどカミラ、お兄さんが二人もいるんだろう?カミラがあんなところで働かなくてもいいはずじゃあ・・・。」

 オレの声は自然と大きくなり、誰に向かうともなく責めるような口調になった。彼女は下に向けた視線をさらに手前に落とし、自分のベルトのあたりを見つめた。そして左手のこぶしで左の頬を撫でて、ポツリと言った。

「・・・だって、お兄さんたち仕事ないしネ、・・・・弟を学校へ行かせてあげたいしネ、・・・・お母さんにもいい暮らしをさせてあげたいし・・・。」

 彼女がこの最後のセリフを言い終わらないうちに、何かのスイッチが入ったかのように、オレの両目からボロボロという音が聞こえるような涙がこぼれ落ちてきた。

 白いナプキンを口にくわえて、繰り返し襲う嗚咽がもれるのを必死に押さえる。彼女が淡々と話す彼女にかける言葉などどこにも見つけられない。

 この小さな身体たったひとつで、不幸な家族を支えようとするカミラが、表現などとてもできない悲しさと絶望に覆われているようで、オレはおそらく時間にして10分ほど周りの目を気にしながら、ナプキンをくわえ声を抑えてただ涙にくれていた。

 バンコクのすべての夜の女性たちが、いったいいかなる理由でこの職業につくようになったかなどオレはむろん知るよしもない。なかにはその仕事に大いなる誇りとやりがいを感じ、毎日楽しくやっている女性もいるかもしれない。

 だが、きわめて常識的に考えれば、ほとんどの女性はどうしようもないやむにやまれぬ理由によって、ほかにまったく術なくこの仕事に就くことを、他動的に余儀なくされてしまったのではないだろうか。

 旅の疲れを癒してくれる彼女たちの微笑みはきわめて愛しく、美しく、やさしい。だが、彼女たちの微笑みの裏には、とても口には出せない、現代の日本人には想像もつかないような、深く、決して愉快ではない背景が厳然と存在しているのだ。

 日本を離れて羽根を伸ばし、一夜だけの恋人を求めるのを止める権利など誰にもありはしない。だが、このカミラの例が示すごとく、彼女たちの多くは想像がつかないような、きわめて「人間的な」理由により、この職業に従事している。

 そのことを「オイ、オンナ!」と、タイのホステスさんに指をさしてどなりつけるわが同胞に、ぜひともわかってもらいたいと心から思う。

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