D-05 パタヤの絶世の美「女」との遭遇と脱出

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1986年11月E日

ゲイ

 喧騒の町バンコクからバスで南東へほんの2時間走ると、東洋一のリゾートといわれるパタヤビーチに着く。一直線の白い砂浜添いに道路が走り、その道路の陸側にホテル、バー、レストランが軒を並べている。日差しはバンコクよりも強いようだが、そこは海岸の町。白い砂と青い海とかなたに浮かぶボート群を見やれば、自然と暑さも心地良いものとなる。

 米軍がベトナム戦争当時に兵士の休息場として開発した町らしく、パタヤの町の様子は他のタイの町と比べて著しく西洋的である。

 バンコクにはパッポンの筋違いにソイイープン(日本人街)と呼ばれる日本人向けのバー、クラブ街があるが、ここパタヤでは日本語の看板は皆無だ。

 こういう海洋リゾート地での遊びは、日本人の間には特に定着していないということか。もっとも彼らのこの国へ来る目的そのものが女の子と寝ることだけならば、その舞台は街であろうが海であろうがまったく違いはないだろうけど。

 ここではスイスの国旗、ドイツ風のパブ、英国風のパブなどが際立って目につく。やはりこの手のリゾート地での遊びは、日本人は欧米人にいまのところかなわないといえそうだ。もちろん勝つ必要も特にないが。

 パタヤに着いて2日目の朝、ゆっくりと起きだしたオレは別に何をするという計画もなく、朝メシでも取ろうと宿を出てフラフラと通りに出てみた。

 日本にいた時から朝はパン食であったため、こういう町ではむしろ手頃な店を見つけやすい。朝10時だというのにすでに日差しはきつく、オレは歩き回るのが面倒臭くなって、やや傾いた感じながらとりあえずは清潔な外観のレストランへと入っていった。よく日焼けした主人らしきオッサンにトースト2枚とコーヒーを注文する。

 この店のオーナーは隣りのブティックをも併せて所有しているらしく、このレストランとブティックの間には大きなガラス一枚だけ。従ってブティックの中はレストランから丸見えである。

 朝食を待つ間、オレはボーっと隣りのブティックの、東南アジア特有の多少ドギツイめの色づかいのきらびやかなドレス群をガラス越しにながめていたが、そのうちその店の中で売り子のオネエさんが忙しそうに働いているのに気がついた。長身に黒髪、服も黒のワンピースをバッチリときめている美形の彼女を、こりゃ朝から縁起がエエわいと、オレはこっそりと盗み見して喜んでいた。

 やがて食事が運ばれ、オレは熱いコーヒーにさらに暑さを増幅されながら、ゆっくりと食事を進めた。

 一枚目のトーストを食べ終えたころ、トントンと隣りのガラスを叩く音が聞こえた。何事かと首を回すと、なんとガラスの向こうでは例の黒髪の美形売り子さんが自分の左の手首を指でつついて、次にオレの左の手首を指で指すという動作を繰り返している。

 最初は何を意味してるのかわからなかったが、やがて時間を教えてくれといっているのに気がつき、オレは時計をガラスの方へと向けた。彼女はニコッと笑って手をあげて、オーライの意を示した。

 食事が終わったオレは2杯目のコーヒーをゆっくりと飲んでいた。路上を照り返す光はすでにギラギラという音さえたてているようだ。何かをしようと思案するが、ガイドブックも手元になく何も思いつかない。もっとも自分には時間は有り余るほどあって、海はそこからなくなるはずもない。この誰もが休息を求める町パタヤで何を急ぐ必要があろう。

 そして、ここでまたトントンとガラスをたたく音が聞こえた。見るとまた例の彼女が今度は指で自分の顔とオレの向かいの席とを交互に指差している。今度はすぐに、ははぁん、彼女はそこに座りたいんだと直感し、オレは悪い気など起ころうはずもなく、さあどうぞと大げさに両手を空いた向かいの席に伸ばして合図した。

 テーブルの向かいに座った彼女は、やはりズバ抜けた美女だった。身長は175センチはあろうか、腰に届くほどの長い黒髪に端正な顔立ち。おまけになかなかグラマーで、オレはこの朝っぱらから何かが起きそうな予感に胸がジャジャジャーンと躍った

 彼女はマレーシアのクアラルンプール出身で、6ヶ月前からこのパタヤで働いているということ、このパタヤをとても気に入っていることなどを話し、またここでは日本人をほとんど見かけないとかで、彼女はオレにいろんな質問を投げかけてきた。彼女はきわめて上品な人であった。

 話が一段落したころ、オレはこのパタヤに何かおもしろそうなところはないか、と尋ねてみた。

「そうね・・・・。うん、私、とても素晴らしいビーチを知ってるわよ。ちょっと町はずれなんだけど、車でここから20分ぐらいかしら。いつ行ってもほとんど誰もいないし、とても静かなの。」
「へぇ、そこどうやって行くんだい?」
「簡単よ。うーん・・・そうねぇ・・、あの・・・、よかったら、私いっしょに行っていいかしら。今日お店はヒマだし、もうひとりの店員さんもいるし・・・・。」
「ワァオ、それはスゴイ。じゃあ、いっしょに・・・。」
と、オレは大喜びで二つ返事。なんというラッキーな朝だろうか。

 が、オレはこのあたりで少しばかり変な彼女の様子に気が付き始めていた。というのも、彼女の手はやたらと太く、大きく、また足のサイズも27センチはありそうだ。そして声がやたらと太く、なんとなくあまり女の子のそれっぽくない感じがする。

 ハテ、これは・・・?と疑問を胸に抱き始めたが、彼女の方はさっそく行動に移ろうとする。
「じゃあ、私すぐ用意をするわ。」
「・・・・・。」
「あの、ケン・・・、私のお部屋、このブティックのすぐ裏なの。だから、私が用意をするあいだ、よかったらそこでアイスクリームでも食べててよ。」

 ヒジョーにありがたきお誘いだが、あまりにもテキパキとした彼女の様子に、
「ふぅん、でも・・・。」
と、オレはさすがにややたじろいだ。
「さあ、早く。」
 そう言うが早いか、彼女はオレの左手を取ってオレを立ち上がらせた。その触れた手のたくましさにオレは疑問をさらに強くしたが、彼女の剣幕と強烈な香水にひっぱられ、そのまま彼女のあとについてブティックの裏の方へと歩いていった。

「ハーイ!」
 彼女は階段の踊り場で立ち話をしていた友人たちに声をかけた。オレもつられて「Hello」と言いかけたが、その口が「H」の音の手前で動かなくなった。というのもこの友人たちのいでたちが、実に超現実的であったからだった。

 そのうちのひとりは20代の様子。ジェームス・ディーン刈りに髪をバッチリと短く整え、顔には濃い付けまつげと赤い口紅をつけ、オレンジ色のTシャツにピンクのスカートといういでたち。

 もうひとりはまだ10代か。栗色の巻き毛のかつらをかぶり、紫色のアイシャドウを塗り、オレンジ色の口紅をつけ、だぶだぶのTシャツと白いパンタロンを身につけている。

 オレはいい加減めまいがしそうになったが、そこへ極めつけが階段を降りてきた。この「女性」はピンクの口紅をつけスリップ一枚だけを身にまとったビートたけしとでもいうべきか。ガニ股で階段をゆっくり降りてくる姿には、昨夜の文字通りの身体を賭けた戦いの疲労がにじみまくっていた。

 それでもオレはわけのわからぬまま、なお彼女のあとをのこのこと付いて階段を上がった。だが、彼女がどうぞ入って、と部屋の中から手真似きした時、オレはやっとのことで我に返った。部屋の中を恐る恐る覗き込むと、そこはまさに「あの」世界であった。

 この「彼女」の部屋は赤い壁紙に囲まれ、床にはピンク色のカーペットが敷かれ、ランプとベッドカバーが紫色というスバらしきインテリア。そして壁にはなんとムキムキの筋肉男のヌードの写真がバーンと2枚壁いっぱいに貼られているではないか。それも無修正のやつが・・・。

 もうこの部屋へ一歩足を踏み入れることは、オレの人生の取り返しのつかない暗黒の部分(暗黒のすきまか?)を作りかねないと判断したオレは部屋の中から声を荒げ怒るようにして誘う「彼女」に手を上げて、下で待つよ、と言い残して、一目散に走り出し階段を駆け降りた。あの超現実的な「彼女たち」は、ポカンとオレの全力疾走を見つめていた。

 オレは朝食を取ったレストランへ帰り、そこのマスターに彼女はいったい何物か尋ねた。彼は、
「ゲイだよ。」
と、にこにこしながら言う。

「この町にはアラブ人も多くやってくる。ほらあそこにもアラビア語の看板が見えるだろう?やつらはゲイがスキでねえ・・・。」

 なるほどねえ・・・。思いもよらぬ展開に、ただぶったまげざるをえない。

 オカマといっしょにビーチで泳ぐなんていうのも一生に一度の経験かな、と一瞬思ったが、もう一人のオレが、アホか、お前!という声に納得。そそくさとその場を脱出した。

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