1987年2月A日

マニラに帰ったオレはシドニーのヨリコさんからの小切手が届いたかどうかの確認のため、日本大使館へ行った。前回行ってから2週間ほどたっていたので、もう届いていてもいいころだろうと思っていたのだ。
大使館前は日本行きのビザを取得希望者が長蛇の列をなしていた。ちなみにアメリカ大使館前にはその何倍もの列があるとか聞いたことがある。あるオーストラリア人の男はマニラの人口の半分いたとかデタラメを言っていたが、それだけフィリピン人のアメリカ移住の願望は強いということのようだ。
今回も前回と同じ担当官が探してくれたが、オレあての郵便物は届いていないとのこと。おかしいなと思いつつその日はそのまま帰ることにした。
そして2日後にまた大使館まで行って確認したが、やはり届いてないとのこと。オレはフィリピンを出発するまでもう日がなくかなり焦って、必ず届いてるはずなのでしっかり調べてくださいとかなり強くお願いし、担当官も探してくれた(よう)だが、やはりないとのこと。
そしてマニラからシンガポールへ戻る前日にもう一度訪問したがやはり未着とのこと。オレはフィリピンで小切手の受取をもうあきらめざるをえず、予定通りの日程でシンガポールまで帰ることにした。
小切手はいったいどこにあるんだろうか?という疑問はあったものの、バカで呑気なオレはまあどこかにあるはずだと信じて、それ以上のアクションを起こすことは当面やめることにした。
というのもこの先どこで受け取れるかまだ確定できないため。そしてヨーロッパのどこかでけっこう簡単に職を得てそこに長期滞在することになるので、そこで受け取ればいいやと考えていたためだ。
ヨリコさんにはまた迷惑をかけることになりそうだが、自分勝手なオレは彼女の負担を深く考えることもなくそのような判断をした。
だがこの先でこの小切手を手元に持たないことが予想外のさらなる大トラブルにつながっていった。
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