C)ニュージーランド、シドニー– category –
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C)ニュージーランド、シドニー
C-18 第二の故郷となったオーストラリアを去るに当たって思うこと
1986年11月B日 昨年の3月に入国以来、20ヵ月をこのオーストラリアで過ごしてきた。 当初の目標つまり、この国の社会に根を下ろす、何か一つのことをやり遂げる、英語を上達させる、という三つについて、100%ではないものの自分としては「ある程度は満... -
C)ニュージーランド、シドニー
C-17 思わぬ収入、でも甘い認識が大トラブルの種に
1986年11月A日 オーストラリアを出る11月9日の数日前、オーストラリアで最もお世話になったパースにいるノリさんにこの国を出ることを伝える電話を入れた。 驚いたことに、当時オレのオーストラリアでの住所はノリさんのお宅の住所をお借りしていた... -
C)ニュージーランド、シドニー
C-16 ヨリコさんのこと
1986年10月E日 一つ心残りなのは、仲良くなりかけたヨリコさんのもとを去ることだ。ワーキングホリデー旅行者の中にはそれほどキャリア志向の人は多くないが、彼女は関東の大学で学業を終えてしっかりした職に就いていた2‐3歳年下の才媛だ。 シドニ... -
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C-15 アーニャから手紙, オーストラリアを去る
1986年10月D日 この日アデレードに戻ったアーニャから手紙が届いた。11月13日にバンコクのインターホテルに到着予定、その時点でオレがバンコクに来れたらそこへ連絡してほしいとの内容だった。 出国をいつにしようか迷っていたが、いよいよオレも... -
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C-14 シドニーの心地よさと永住への思い
1986年10月C日 シドニーは観光にも事欠かない町だ。ビーチは世界レベルのが数多く東海岸に点在し、西には山岳地帯があり、サーキュラキーからは各所への遊覧クルーズの船が出て、など。時間はいくらあっても足りない。 あとたまたまだが、オレの滞在時... -
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C-13 免税店での仕事や通勤・居住事情、シドニーから出ないワーキングホリデーの旅行者
1986年10月B日 Redfernのロッジもイギリス出身の管理人さん夫婦がやさしくて居心地がよかったが、免税店の仲間が住んでみてとてもいいところだと聞いて、オペラハウスから300メートルほど海峡を挟んで北向かいにあるキリビリという町のアパートに転居... -
C)ニュージーランド、シドニー
C-12 アーニャと再会-ダスティンホフマンになったオレ
1986年10月A日 シドニーで最初のアパートはRedfernというセントラル駅から少し南にある、余り治安が良くないと言われている地下鉄の駅の近くのロッジだった。 夕方ロッジに帰ると、アデレードで会ったアーニャからの電話メモを管理人のオバサンが届け... -
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C-11 シドニー長期滞在-仕事を紹介いただく
1986年9月G日 晩冬のニュージーランドでは二十日間のうちの半分以上寒い雨にたたられたが、ここシドニーではすでに初春の暖かさで晴れが続く。ほんとこのシドニーという町は気候に恵まれた町だと改めて思う。 当初シドニーにはそれほど長く滞在せず、... -
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C-10 変身した自分に気づく
1986年9月F日 このニュージーランドでの滞在を終えようとするとき、ひとつはっと気が付いたことがある。それはこのように自由に海外の町を周遊したのは昨年のアメリカでの10日間に次いで2回目だが、今回は前回とはかなり違った周り方だったということ... -
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C-09 オークランドへ戻る、ニュージーランドは豊かな国
1986年9月E日 南島最大の町クライストチャーチから東岸を列車で北上し、再びピクトンから船で北島のウェリントンへ。 そしてウェリントンからオークランドまで列車での帰り路はものの見事に平和な道程だった。両側はほぼずっと牧場で、羊や牛が地面に...
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