B-09, 10, 11 アセリ, アーノルドの過去, メニとの仲

1986年1月A日

アセリ

焦り, 達成感

 歳が明けた。夕べ年が変わったあとで、みんなとささやかな乾杯で祝っただけ。おせち料理みたいなものを作る習慣はこの国にもオランダにもないようだ。

 今日、日本の家族へ国際電話を入れて、改めてビザの期限が迫ってきたことを思い出さされた。期限はあと2ヶ月で切れる。ここへきて、1年というものは早いものなのだ、と改めて思わずにはいられない。

 オレはこの国で今まで何をしてきたのか。オレより1年早くこのオーストラリアに来ていた大学の友人Sが自転車でシドニーからエアーズロックまで行ったことや、ノースロッジに一時住んでいたフィルが同じく自転車でナラボー平原(ラテン語で「No Tree」の意。アデレード-パース間の広大な平原)を渡って自宅のあるメルボルンまで帰ったことの理由がわかるような気がする。

 ありふれた毎日から脱出するため、とにかく何かを大きな達成感を求めたというのがやつら二人の動機ではなかったか。二人ともちょっと人にはやれないことを成し遂げて、さぞ大きな達成感を味わったであろうという意味で、やつらが実にうらやましい。オレにも何かそれを感じさせるものがないものか。ビザの期限が目の前に迫っても、後ろ髪を引っ掴まれた感じに包まれて、いまひとつ日本へと帰る気がしない。

 ワーキングホリデイ制度は、「原則的に」滞在期間は1年以内とする、と規定している。「いかなる場合においても」という表現を使わず「原則的に」となっているところに何か意図的なものを感じないでもない。社長のジェフの力で何かビザの延長についての助力がもらえないだろうか、などと考える。

 依然としてここで仕事らしい仕事をしていないことが、また言いようのない焦燥感をかりたて始めたようだ。数日後には先の航海で注文をくれた韓国船がダンピアへ入ってくるというし、とりあえず今はここでの与えられた仕事をやり遂げるしかない。今はもう少し時の流れに身をまかせるしかなさそうだ。

1986年1月B日

アーノルドの過去

握手, アーノルド

 にぎやかなレイたち3人がパースへ帰って、もとの通りアーノルドとメニとオレだけの生活に戻った。仕事は相変わらず、なし。事務所では倉庫の整理以外、アーノルドと雑談するだけである。

 彼は以前、世界一の規模を持つイギリスのコンテナ会社の西オーストラリア州の支店長だったとかで、仕事で日本にも行ったことがあるという。話をするにつれ、彼がなかなかの力量の持ち主で、心の幅のある人物だということがわかってきた。だてには50人を越える人間を指揮してはいなかったようだ。

 支店長になってから最初の数年は飛ぶ鳥を落とす勢いで業績を伸ばし、一時は全オーストラリアの最高責任者になる打診まで受けたそうだが、最後の2年間は不運に見舞われたという。そうなるとこの国の雇用習慣は日本の終身雇用を約束したそれとはまったく違って、失敗を容認してただ配置を換えるだけなどというナマヌルイやり方を許さない。失敗は、即、退職につながっていく。

 退職後、高齢のため次の職捜しに苦労している時に、旧知であるこのPOAの社長ジェフの声がかりでこの仕事を始めたということだが、やはりこの業種のスケールの小ささに、彼が多少うんざりしながらやっているような感じを匂わす時もある。

 だが、基本的に彼は京都が非常に感動的な町だっただの、銀座のバーでママとこういう話をしただの、相撲取りと一緒に酒を飲みまくっただの、たわいのない話をよくする気のいいオッサンである。人間的には、まだ多分に子供の部分を残している点など、オレと共通する部分も多いようだ。

1986年1月C日

メニとの仲

メニ, 軋轢, 引越

 アーノルドとはなんとなくスズキ氏とよりかは仲良くやっていけそうだが、残念ながらメニとはあんまりうまくいっていない。

 今日もまたマユをつり上げて、自分の部屋の掃除はキチンとしろと言われた。これでこの5日間でもう3度目だ。彼女はオレがこの家に住み始めた時から、空調機がおかしくなるから窓は開けるなとか、アリがたかるから食べ物は部屋に持って入るなとか、あれこれ注意をした人だが、どうもイヤな気分だ。オレがそれほど身の周りをきれいにする方だとは思わないし、彼女のキチョーメンな性格もわかるが、もういい加減にしてくれと言いたい。

 予定ではオレは倉庫の裏にあるキャラバンに住むということになっていたものの、今の住人がまだ次の行き先を決めかねているため、オレはこの家に居候しているわけだが、このままでは神経がもちそうにない。

 彼女には3度の食事を作ってもらって、洗濯までしてもらって、大いに恐縮しているが、この暑さの上につまらない緊張感が重なれば、体のみならず、頭までおかしくなっていきそうだ。

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