1986年1月F日
韓国船その2 紳士的な船長

今日も韓国船に納入した。前々日に初めてオレが仕事をした船の船長は山奥の専業農家のオヤジ風で、どことなく風采のあがらない人だったが、今日会った船長はまったく見上げた人物だった。
見たところ、韓国人も日本人と同じくらい英語を話すのに問題が多い国民のようだが、今日お会いした船長は英語と日本語をきわめて正確にお話しになられ(もちろん韓国語もだが)、その船長らしいマナーの良さにはまったく感服させられた。アーノルドもかなり上等の受け答えをもって接してした。
今回は注文された野菜がどうしても手に入らず、オレたちは苦しい釈明を強いられたのだが。それも実に寛容な態度で許容の意を表して下さった。ホントに感じのいい方だった。
この船のあとにはいよいよ日本船がやってくる。パースを1ヶ月前に出て以来久しぶりの日本人、日本語だ。
1986年1月G日
S石丸入港

わが日の丸商船がEIIに入港した。
通常、船食業者が船に注文を伺いに行く時は船が接岸してタラップが降ろされると同時に乗船するのが儀礼とされているが、この船はもう過去何回もこのダンピアに入港し、いつもシーレーンに注文を出している。
そのため、わがPOAサイドとしては接岸後すぐに乗船してシーレーンとハチ合わせになることを憂慮し、また社長のジェフの指示もあって、少し時間を見合わせて上船することにした。そして今夜8時過ぎ、オレは一人でライトバンを発車。一路EIIへと向かった。
桟橋から見上げる船尾に漢字で「S石丸」とある。煙突に赤と白の帯。日本郵船の船だ。船に上がったが勝手がまるでわからず、乗組員さんの一人に尋ねて、司厨長の個室を捜した。
ノックをして入ると司厨長は机に向かって、何か用事をされていたようだったが、ドアのところでオレがあいさつすると、「まあ、それはようこそ。」と部屋の中へ案内して下さった。
ソファに座らせてもらって、POAのパンフレットを渡し、オレがこのダンピア・ポートウォルコット地区で、今月からこの会社で働き始めたこと、機会があれば注文を頂けるようお願いにあがったことなどを説明した。
日本でも同じような仕事をやっていたが、ここでは初めてということもあり、久しぶりに話す日本語ということもあって、あんまりうまく話せたとは思えない。それでも司厨長は終始にこやかに応対して下さる。
そして、な、なんと彼はオレが日本で愛飲していたサッポロびん生を御馳走して下さった。この国に来て初めて飲むこの味、やはりうまい。約5秒の間、北半球のかの国を思い、目の前に人がいるのも忘れて、しばしの感慨にふけるのをオレはまったく止められなかった。
司厨長は50才前後の年配で、おそらく九州出身者ではなかろうか。九州出身の人たちは海外での仕事につく比率が高いということを本で読んだことがあるが、パースに住む日本人の面々を思い起こしても、それはやはり当たっているようだ。
ビールに対する少しオーバー気味なお礼を述べ、船長室へと向かう。船上で起こるすべてに対し最高決定権はなんといっても船長にある。私の一存では決めかねるという司厨長の言葉により、いざ階上の船長室へとオレは階段を登った。
ガラにもなくためらいがちなノックをすると、「はい」という小さな声が聞こえてドアを開ける。小柄で温厚そうな顔をした船長が、大きな机に向かってペンを握っておられた。司厨長の時と同じように、POAの内容、オレ個人の紹介を簡単に述べ上げるが、それに対し船長は、「ふん。ふん。」と口をまったく開かずにただ聞くだけ。最後に「そうですか。まあ、がんばりなさい。」という言葉をかけて下さっただけだった。
カチコチになった体を引きずり、部屋を出てホッとタメ息。まあ、たった一度ばかりお願いにあがったところで、そんなに簡単に次航から注文がくるほど日本人は甘くはないだろうことは想像がつく。
こちらとしては次の次の寄港ぐらいの機会に受注を目標とすることになろう。日本からダンピアへは片道約2週間の航海で、次航もこのダンピアへ来るようなら、きっかり1ヶ月後にまたこのS石丸がここの港へやってくるはずだ。オレたちとしては、根気よく次回もまたお願いに上がらねばならない。
<注記>
当サイトでは「S石丸」や「新O島丸」といったように船名については正規の名称は記載しないようにした。乗組員さんについてかなり踏み込んで書いてある部分も多いための措置。ただここでの日本郵船のような著名な企業名はそのまま出している。
1986年1月H日
新O島丸

S石丸が出航したあと、EIIにやってきた船も同じ日本郵船系列の新O島丸だった。S石丸と同じように接岸直後はわざと避け、オレは夜の8時過ぎ、再び夜のお伺いに。
最初に会ったのは司厨部の元気のいいオヤジさん(司厨長の次の位の人)で、彼とキッチンの中でしばらく雑談していると、司厨長がひょっこり現われた。通りのあいさつをすると、「まあ座れや」と暖かいコーヒーを入れて下さった。ああ、オーストラリアへ来て初めて飲む日本のコーヒーの味は格別である。
ダイニングルームで、最近、日本でどんなことが起こっているかをオレは彼らに訊き、彼らはオレがオーストラリアへ何しに来たか、どんな生活をしているのかを訊きたがった。
彼らは日本ではたいして何も変わっていないと答え、オレは変わったことがありすぎて話せないと答える。そしてたわいもない話を続けるうち、ひょっこり船長がダイニングルームに入ってこられた。
この船長は一見コワそうで、多分にガラッパチ的なところが散見されるが、なんでも率直に話して下さる方だった。オレが船長の趣味は何ですか?と尋ねると、彼は「オレは阪神タイガースや」とお答えになられた。
阪神が昨年、21年ぶりにセ・リーグ優勝。続いて日本シリーズで西武を倒して悲願の日本一に輝いたことは風の便りに聞いていた。その話に及ぶと船長は体を乗り出してこられ、少しのアルコールも手伝って、その後は大いにおしゃべりして下さった。
最後に、今後ともよろしくお願いします、とオレが言った時、よし、まあ考えといたる、との大きな声がありがたかった。
船長は徳島出身で現在神戸に在住。また司厨長も神戸出身の方で、徳島に本籍を持つ大阪出身のオレとけっこうウマがあったようである。次航も再びこのダンピアに来る予定ということだし、1ヶ月後この船には少しばかり期待をかけてもよさそうな気がする。
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