B-17 ようやくキャラバンへ引越

1986年1月I日

ようやくキャラバンへ引越

キャラバン, 快適

 昨日、事務所裏のキャラバンを長々と「不法」占拠していたやつが、やっとのことでどこかへ移って、さっそく今日からオレが移り住むことになった。

 日本ではトレーラーハウスと呼んでいるようだが、こちらでは大型の車で牽引して移動できるタイプの住宅ユニットのことをキャラバンという。

 オーストラリア全土にはキャラバンパークという大型のキャラバンを何台も置いたキャンプ場のようなところがあり、格安で利用できる。

 日本でよく見かける短期宿泊用のキャラバンと比べるとこいつは格段に大きい。全長が約12メートル、幅が約3メートルの箱型。トラクターの後ろに引っ張られている港近くでよく見る船の40フィートコンテナとほぼ同じ大きさである。

 内側はベッドルームとリビングルームとダイニングルームの3室に分かれていて、一人で住むにはまったく申し分のない広さだ。むしろ日本の学生街の4畳半の下宿よりかはるかに広々としていて快適だ。

 また、ガス、水道はもちろん完備。冷蔵庫、テレビも備え付け。シャワー室(熱湯が24時間使える)とトイレ室と洗濯室のある小屋が隣接して建てられている。住んでいくのに何の不自由なく作られた、これはもう一個のコンパクトな家である。

 カラーサという町は、当初より一般住居地域と産業用地域とにはっきりと分割して計画・建設されており、両者は地理的に岩山をはさんで約2キロ隔たっている。アーノルドの家は一般住居地域内だが、ここPOAの事務所は産業用地域内にあるため、わがキャラバンの周辺には人家はまったく存在しない。

 周りにあるのは隣りのガス工事屋の倉庫・事務所があるだけで、その他は見渡す限りの原野である。約2キロ先にそびえる高さ100メートルくらいの岩山がそのグロテスクな赤茶色の姿を見せている。あとは青空と数羽の鳥が飛んでいるのが見えるだけ。聞こえるものもたまにしか通らない車の音を除けば、風の音とハエのたかる音だけだ。

 さっさと移り住んではみたものの、これはオレもどうしようもなくエライところに来てしまったもんだ、とさすがに感じ入らざるをえない。こんなところではたしてオレ一人で住めるのか、もし突発的な事故でも起こったらいったいどうやって他の人々と連絡を取ったらいいんだろう、という不安が心をよぎる。

 しかし、本当のところは、メニから逃れることができて、バンザーイ!とキャラバンの中で叫んだほど、今は開放感でいっぱいだ。

 メニやアーノルドには悪いが、マネージャーとそのワイフと一緒に暮らすというあの窮屈さにはオレはすでに完全にまいりきっていた。これでつまらない心配が一つなくなって、ただでさえ何もしなくても疲れるこの灼熱とハエの町での生活が少しは楽になるだろう。

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