1986年3月G日
レイ登場

今日からレイという50過ぎの男性がわがカラーサの事務所で働き始めた。彼はこの正月ほかの二人とカラーサに遊びに来ていたアーノルドの3人の友人の一人で、今日まで彼が来ることは聞かされていなかったため、今朝、突然彼が、ハロー、ケン!と笑顔で事務所に入ってきたのにはびっくりした。
まあ、二人より3人の方がにぎやかでよい。アーノルドにとってもいまだに急ぐとガタガタになるオレの英語を一日中聞かされるよりも、オーストラリア生まれのレイのダミダミとした英語の方がまだましだろう。
1986年3月H日
ビザは明日が期限

オレのビザの期限が明日にせまったが、これまで移民局からは何の音沙汰もない。オレにしてみれば何ら悪いことをしているわけではない。それにパスポートを残した場所がオーストラリアで一番安全な場所となれば、別に焦る必要もない。
日本へ帰るチケットはすでに3日前に期限切れとなった。今となってはまさに退路を断って背水の陣で望む格好だ。
でも、もしビザが延長できなくて出国を命ぜられるのなら、別にそれはそれでまずくもない。なぜなら、それはこのクサった町でこのクサった環境から開放される、自分に対する絶好の口実となるからだ。
1986年3月I日
アーノルドvsジェフvsボブ 宿命の対立

今日、本社からの荷が届いた。ロードトレインのあの大きなコンテナの半分がオレたちPOAカラーサ支店あての商品だった。だが、それでもまだ届いていないモノが多い。
オレが少し怪訝な顔をすると、アーノルドも同じ思いらしく不満顔。わが社の本社の連中はいったい何をやってるんだろう?口に出さずとも、そう彼が思っていることが読み取れる。そして彼はこのあと社長のジェフが今までいかにこの仕事に対して不熱心であったかをとうとうとしゃべり始めた。
現在、ダンピアの沖で天然ガスの採掘プロジェクトが進められているが、これは日本とオーストラリア2国間で結ばれたビジネス契約で史上最大のものとかで、世界的にみても相当の大事業である。
そのダンピア沖合40キロの作業場には、常時数十人あるいは数百人が寝泊まりしており、アーノルドは一時その作業場の調理場への全食料を納入するという契約を、もうあと半歩のところまで追い詰めていったのだそうだ。
ところが最後の最後、一番大肝心なところでジェフがまったく彼に力を貸そうとせず、結局POAは毎週5千ドルの固定契約をフイにしてしまったのだという。
また、月に2、3隻ながら、ダンピアとポートウォルコットに確実にやってくるあるオーストラリアの船会社の全船舶からの注文を年間契約できる寸前での失敗話とか、他にもいろいろうだうだと話していた。
彼が言うには、なんでもジェフはかつてこのオーストラリアで最大のスーパーマーケットチェーンを所有してパースの市長にまでなった億万長者(その後、倒産の憂き目に遭ったが)で、サーの称号を持つある高名な人物の息子なんだそうだ。彼はこのPOAのほかにもいくつかの事業に手を出しているらしく、それらの方に時間を取られどうも彼はオレたちが働くこのPOAにはそれほど執心ではないという。
そして、ジェフの話が一段落した後、アーノルドは次にポートヘッドランドのボブのことをもさらにひどい口調でコキ下ろした。
アーノルドはこのカラーサの支店を受け継いだ当初まったく在庫がなく、船から注文された商品をポートヘッドランドまで毎回毎回取りに行っていたらしい。往復500キロの道のりをことあるたびに行き来していたとは、あの歳の彼にしてみれば相当に骨の折れる仕事であったろう。
それなのに、彼はボブからは商品を欲しいだけ分けてもらえなかったり、もらった商品が腐っていたり、書類の数値に間違いがあったりと、ほとんどいやがらせとしか思えないようなメに毎回のように遭わされたという。それら過去の怨念がどうしようもなく強いらしく、ことあるたびにジェフへの不満と一緒にボブのことを罵るのが彼の悪いクセである。
オレはジェフ、ボブの二人ともよく知らないが、オレたちがやろうとするその足を引っ張ることだけはやめてもらいたいものだ。あの新O島丸のオヤジさんみたいな口調で毎回毎回怒鳴られまくられたのでは、オレたちの神経はこの炎天下の地では近いうちに完璧に蒸発していく。
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