1986年3月K-1日
ポートヘッドランドへ日帰り砂漠ドライブ 1/3

韓国船からの注文で米が足りなくなり、とうとうポートヘッドランドまでオレが取りに行くことになった。岸壁のローダーの故障で船が少し長く停泊することになったものの、パースからの補充は間に合わない。
アーノルドもちょっと渋い表情だったが、彼もオレが注文された商品は可能な限りそれに答えるのがやはり常道では、と主張したのに促された格好で、あの町までの行き方そしてどうやってあの店までたどり着くか地図を書いて、詳しく教えてくれた。
国道1号線(この国道はオーストラリア全国土の外枠を1周している)をまっしぐらに東へと走る。ポートウォルコットへ行く時にいつも左へ曲がるT字路をまっすぐ抜けて、この地区一帯で一番古い町ローボーンを通り抜けていく。
道の両側にアボリジニの人たち十数人が地面に輪になって座って、何やら話し込んでいる。そのうちの数人はビール片手に楽しそうだ。右手に警察、その隣りに古ぼけた監獄が見えている(このクソ暑い町での監獄暮らしなんてどんな感じなのか、想像したくもない。)。
ローボーンを過ぎると、右側には高さ10メートルから40メートルくらいの赤茶けた岩山が連なり、左側は地平線しか見えなくなる。大地の色はピンクがかった赤レンガ色で、その上に枯れたような色の草が、水をくれ、と叫ばんばかりに低く、風に吹き飛ばされまいと、ちりぢりにへばりついている。
橋もいくつか過ぎた。しかし、水の流れている川はひとつもない。橋長も10メートルから200メートルぐらいまで様々だが、その下にある水は橋のふもとに数十メートルの直径の水たまりにすぎない。このあたりでは年に数回やってくるサイクロンの時だけしか水が出ない。
実際、オレがこのピルバラに来て以来、雨はたった一度パラパラと降っただけ。来る日も来る日も、空はただバカみたいに青いオーストラリア晴れ。これではまったく川もできようがない。
カラーサから約120キロばかし来たところにウィムクリークのホテルがある。ここはカラーサとポートヘッドランドのほぼ中間点に位置し、ドライバーの多くはここのパブで喉を潤していくようだ。このホテルはオーストラリアの田舎パブの雰囲気100%。映画クロコダイル・ダンディのあの気違いパブの風情が真っ昼間でさえ漂っている。
ウィムクリークを過ぎると、両側に高さ100メートルほどの大きな切り立った崖が両側に現われた。その崖に挟まれた谷の真ん中を大きなS字カーブを描きながら愛車を飛ばすと、左側の崖の中腹に岩を並べて何か意味不明のアルファベットで言葉が書かれている。英語ではなさそうだ。
アボリジニの言葉をアルファベットの音で表したものなのかもしれない。何か神秘的な雰囲気たっぷりの場所である。カラーサ・ポートヘッドランド間のハイライトともいえる場所だ。
谷を抜けると、その先視界に見えるものはただ地平線のみ。植物は少しその背を高くしたが、視界をさえぎるほどではない。道路上には昨夜のなごり、カンガルーの死骸が数多く見られるようになった。
このあたり、道路はただただひたすらに、ずぅぅぅーーっとまっすぐに前へ伸びるだけ。ハンドルをビタッと固定して、ただ前方5キロぐらい先を見つめながら走る。ここでは死んだカンガルーをよけることが、適度の眠気覚ましだ。
カンガルーという動物は夜行性で、昼間こうして走っていてもあまり見ることはない。だが、夜、太陽が沈むと、彼らは草むらどこかからムクムクッと起き上がり、行動を開始する。そこへヘッドライトをこうこうとつけた車がやってくると、彼らは、アレレ?あれ、いったいなんやろか?と、ぴょんぴょんとしょうこりもなく道路へ飛び出してくる。
時速100キロで(西オーストラリア州の道路は都市域、住宅地域を除いて、制限速度が乗用車の場合、時速110キロ、トラックの場合、100キロである)すっ飛ばして来る車の真ん前へ飛び出てしまっては、いくら敏捷性のある動物でも逃げる時間はない。彼らの無邪気な好奇心が、計らずも天国への切符を彼ら自身に渡すというあわれな惨事をもたらすのである。
当然、最低でも体重20キロはあるカンガルー(大きなやつは背丈2メートル、体重100キロをゆうに越えるという)をひいてしまえば、ドライバー自身にはそれほど致命的な影響はないものの、車体には損害は大きい。ルーバー(車の前方に取り付けるカンガルー用プロテクター)を取り付けていない車の多くが、窓ガラスにひびを入れたまま、あるいはヘッドライトの片方がブッ壊れたまま走っているのは、このピルバラの風物詩の一つといえる。
カンガルーというのは哺乳類の中で、最も小さな脳ミソを持つ動物だそうで、それはきわめてオーストラリア的だ、と評したニュージーランド人がいた。それははたして当たっているだろうか?オレは・・・・・・。
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