1985年11月A日
これからのこと

昨日でオレのパースでの生活も8ヶ月。この町に長居をし過ぎた感がないでもない。誰に聞いてもシドニーなど東海岸はこのパースよりもおもしろいという。オレもそろそろこの町を出ていくことを真剣に考えねばならないころかもしれない。
バレーはあとひと月足らずのうちに今回のスーパーリーグの全日程を終了するし、PTCも長い夏休みに入る。レストランもオレが一人抜けたぐらいの穴埋めはなんとでもなる。
北口さんはポートヘッドランドへ帰ってしまった(結局、彼は学士号をとることを断念したようだ)が、以前に一度、彼が本業の合間にポートヘッドランドの港で時々手伝っているというシップチャンドラー(船食業。船に食糧、免税品、おみやげなどを売る商売)の社長に会わせてもらったことがあったっけ。
彼にお願いすれば、数ヶ月前にそのポートヘッドランドの店をやめた日本人の後継ぎとして雇ってもらえるかもしれない。行き先は当州北部のポートヘッドランドという「人間が住むところではない」町(チームメイトのリックの話)になるだろうが、そんな辺境に住む人々の暮らしというのも大いに好奇心をそそられる。
それともやはり、エアーズロック経由でメルボルンかシドニーまで行ってしまうか。そこでパースよりもさらにオーストラリア的な何かを見つけることができるかもしれない。
オレのこの国での滞在期間ももうそれほど長く残されていない。慎重な選択をせねば。
1985年11月B日
アヤコさんそして英語の学習について

なんとなくアヤコさんがレッドスターの女子たちとあんまりうまくいっているように見えない。
彼女は21才で、彼女たちの平均年齢とほぼ同じで、年齢によるギャップはないはずだし・・・・。となると、それはどうも彼女の話す英語のたどたどしさにその原因があるのでは、と考えざるをえない。
彼女は頭の良い女性であるが、学生時代特に高校にいた時は日常生活が完全にバレー一色に塗りつぶされてしまって、おそらく勉強の方にはほとんど手が回らなかったのではないだろうか。
彼女がたまに話してくれたが、彼女の現役時代の練習ぶり、バレー漬けの生活は自分の想像をはるかに越えるものだったようだ。苦しさから逃げるのに目の前の電車に飛び込んでしまえば、あるいはこのビルの屋上から飛び降りればすべてと完全におさらばできるのに、などと真剣に思ったことも数え切れないほどあったという。
そんな激しい毎日のおかげで、彼女は晴れのジュニアジャパン代表選手として輝く栄光の中にいた。しかしながら、その裏で彼女の失ったものもどうしようもなく多いとはいえはしないか。フツーの女子高校生としてフツーの生活をしてしか得られないものが、彼女たちには得ようにも得られなかったのではないか。ある意味で彼女は栄光を胸にした犠牲者なんじゃないかとさえ思えてくる。
彼女に限らず、日本でそれほど英語の勉強をしてこなかったように見える人たちは、ほぼ例外なくこっちへ来ても上達速度が遅いのは事実である。日本である程度やってきたなと思える人とそうでない人とでは、この国へ来てからの上達スピードが三輪車とF1マシーンほども違う。
かなり勉強してきた人も来て間もないころは耳を慣らすのにやや時間がかかるが、数週間たつと人が違ったかのようにこの国の人々と笑顔でしゃべってるのをよく見かける。対して、あまりやってこなかったと見える人々は、残念ながら何ヶ月たってもそれほど進歩は見られない。
われわれ日本語を母国語とする者には、ヨーロッパから来た人々と違って、やはりある程度の机上での学習が英語をマスターする上で欠かせないといえると思う。ヨーロッパの人々にとっては、もともと英語とよく似た単語と文法と発音を持つ自分たちの言語に、英語の単語をただ張り付けていけばなんとなく意味だけは相手に伝わるようになっていくようだ。
しかし、自分の経験から言えば、われわれ日本人にとって英語で話すということ、それはあたかも、歴史の年代を覚えるがごとく単語を覚え、数学のように言葉を並べ換え、そして音楽を習うがごとく新しい音を作り上げるというようなもの、いわばそれは種々の学問をミックスして作られたクイズを、即その場で物真似で答えるというようなものである。
つまり日本人が英語の読み書き話し聞く能力を持つにはかなり高い知的および物理的な修練が必要になる。そして常人にとってその悪戦苦闘の道のりは極めて厳しいと言っていい。ある程度まで英語がうまくなった人はこのようなオレの思いに同意されるはずだ。
まあ、アヤコさんの英語も最初会った頃と比べると、少しはこなれてきたと思えなくもない。スポーツを一緒にやるのに基本的には言葉などなくても大丈夫よ、そんな風に思って彼女はこつこつとやっているようだ。
チームが試合に勝つことによって、徐々に彼女もみんなとなじんでいくことだろう。彼女の多方面にわたるガンバリに大いに期待したいものである。
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