D-08 ペナン島行きの列車で会ったドイツの元ロックスター

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1986年12月A日

ロックバンド, ドラマー

 ビルマからバンコクに戻り、自由の空気を数日吸い戻したあと、長居をすることなくオレはバンコクから国際列車で東洋の真珠と呼ばれるマレーシア西北の島ペナンへと向かうことにした。なぜか東洋の真珠という呼び名を持つ町は東南アジアのあちこちに見受けられるが。

 先月にバンコクに来たのと同じコースを今度は逆に南下することになった。景色は同じジャングルとバナナ畑といった東南アジアの熱帯雨林地方のそれ。熱帯ですでに1ヵ月を過ごした自分には、車窓から見える風景はすでに見慣れたものになっていた。

 その列車で向かいの席に座ったシギーというドイツ人は変わってておもしろい人だった。現在42歳でベルリン出身。若いころはThe Loadsという当時西ドイツでNo.1の人気を誇ったバンドでドラマーをしていたという。

 いまの本職は作詞家だそうで、一年に一度西ドイツに帰って自作の詞を売り歩くのだという。現在はタイの女性と結婚しパタヤに住んで、遊覧船で外国人旅行者を乗せて沖の島々へ数日がかりで航海に出るツアーの観光船会社を所有しているのだそうだ。

 なんでもそのバンドThe Lordsはむかし西ドイツで行なわれたロックコンテストで優勝して、ビートルズの4人からリバプールでのパーティに招待されたことがあるという。ジョンもポールも冗談好きで、とてもいいやつだったと言っていた。

 彼にとってベルリンとは、自分の生まれた故郷という以上に特別な意味を持つらしい。彼の遊覧船に乗った多くのドイツ人たちの涙を誘ったというベルリンのことを謳った彼の詞をひとつ教えてくれた。
 雲をみてごらん 雲は流れる
 壁を越えて   悠々と
 鳥を見てごらん 鳥は飛んでいく
 壁を越えて   優雅に
 ・・・・・   ・・・・・

 彼の年齢を考えれば、1961年に東西ベルリンの間に壁が作られたのを直接目の当たりにしたことだろう。他のドイツ人以上に東西ベルリンの現在の姿は、彼にとって憂いを感じさせるもののようだ。

 タイ、ビルマにあってはわが同胞の悲惨な戦いのあとをモロに見せつけられてきたが、彼方ヨーロッパのアーニャやパトリックの国でも同じことがあったんだという、あたりまえの事実を彼の話を聞いて思い出す。

 旅とは教科書に載ってないことを学ぶ場だ、という誰かの言葉はやはり真である。

<メモ>
このThe Lordsというバンドは実在したらしいが、このシギーという人物がこのグループのメンバーだったかは確認していない。 

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