1986年12月B日

バンコクから一夜を列車で過ごし国境を越える。相変わらずタイ・マレーシアの国境越えは簡単だ。日本パスポート保持者はいともたやすくパスできる。
バターワースで下車。駅のすぐ隣りにあるフェリーターミナルからフェリーで真正面に見えるペナン島へ。
なぜかこのわずか十数分の航海はロマンチックな旅情ムードがいっぱいだ。深田祐介の小説から想像していた東南アジアのイメージが、そっくりそのまま目の前に広がっているせいだろうか。ごく短いクルーズながら「南海の」という言葉がこれほど似合うクルーズも珍しい。
二度目のマレーシアだが、この島ではやたらと中国人が多く見受けられる。マレーシア全体では先住民のマレー人が6割、移住者たる中国人が3割強、あとはインド系などが1割弱という人口構成だそうだが、このペナンではその比率が逆転し、中国人7割、マレー人2割、インド人1割という具合であるらしい。
それほど交通網の発達していないこの島では、バスを使うより遊覧タクシーを使ったほうが効率的だと判断したオレは、中国人のドライバー兼ガイドの車ツアーで島内を一周することにした。
どこへいっても白いビーチが散在し、豪華なホテルも数多く建てられ、美しいやしの木ばやしがあり、この島全体がかなりハイグレードなリゾートである。でもこれまでタイやビルマでこの手の熱帯の風景を見続けてきた目には、この島で見る景色そのものは、もうそれほど印象的なものではなくなっていた。
だが、この中国人ドライバー兼ガイドが時々見せるこの国の多数派マレー人に対する不満あるいは敵対心が、オレには非常に興味深いものに映った。
運転しながら、海の方を指差して、彼が言った。
「右手のビーチで遊んでいる子供を見て下さい。彼らはみんな”マレー人”です。彼らはいつもああやってここで遊んでいます、どこがどういう風に楽しいのか知りませんが・・・・。」
同乗したインドの女性が尋ねる。
「彼らはみんなマレー人ですか?」
「はい、みんな”マレー人”です。」
ドライバーは”マレー人”という部分にはいつも声をやや大きくして答える。
インド人の女性はさらに畳みかけて質問する。
「中国人の人たちは、あんな風に海で遊んだりしないんですか?」
「中国人の人たちは、あんな遊びはキライです!」
ドライバーはピシャリと語気を荒げて言った。
この中国人ドライバーのあからさまなマレー人に対する嫌悪感に、国では教師だというインド人の女性は興味をそそられたらしく、このあともさらに質問を続けた。
「中国人とマレー人との間で結婚なんてするのかしら?」
「ええ・・、しますよ・・。」
「法律で禁止されてるなんてことはないんですね?」
「・・ええ、ありません・・。」
「その数は多いんですか?」
「いいえ・・・。」
ドライバーはなんとなく言いにくそうだ。
「・・・マレー人の男性と中国人の女性の結婚はたまにありますが・・・、中国人の男性とマレー人の女性との結婚は少ないんです・・・。」
この男は言いにくそうにケッタイなことをしゃべる。
「ふぅん、・・・でもなぜですか・・・?」
オレの気持ちを、いつもこのインド人女性は代弁してくれる。」
そしてこのドライバーは、ここでクサリ切った表情で言った。
「というのは、中国人の男性がマレー人の女性と結婚すると、男は中国姓を捨ててマレー姓、例えばムハマッドやらアブドゥルやらとかの姓に変えなければならないんですよ・・・・・。」
「おやまあ・・、じゃあマレー人の男性が中国人の女性と結婚したら・・?」
「・・変える必要はありません・・・。」
「まあ・・・、それはちょっとねえ・・・」。
「まったくフェアーじゃないんですよ!そうでしょう?!そんなのムチャクチャですよ!」
シドニーからクアラルンプールまでの飛行機の中で会った、半分日本人、4分の1中国人、4分の1韓国人のサトーという人が言っていたが、この国全体でもいまマレー人と中国人の間があまりしっくりいっていないようだ。
中国人は持ち前の商才と忍耐で、例のごとくこの国でもビジネスの世界で先住民のマレー人を圧倒するまでの力を持つにいたった。
しかし、民主主義を前提とする現代型国家では多数決の原理はやはりとてつもなく大きくモノをいう。つまりこのマレーシアでは、人口比において多数派であるマレー人は政治的にどうしても中国人に対して強くなる。
そのためこの国ではマレー人と中国人との利害が対立する時、政策はどうしてもマレー人寄りにならざるをえない。そしてその結果生まれたものこそが、現マハティール政権下に展開されているプミプトラ政策(マレー人優遇政策)なのだ。
シンガポールは1965年にマレーシアからの独立を偉大なる中国人指導者リー・クアン・ユーの手によって成し遂げたが、このペナンもいまにシンガポールと同じ道を歩むのではないかという気が自分にはなんとなくしてならない。
ともに住民の7割が中国人であること、小さな島であること、自由貿易港であることなど、ペナンはシンガポールとあまりにも似通った条件を兼ね備えている。
オレの知る限り、あの中国人ドライバーの不満は当分解消される見込みはなさそうである。少なくともこの島に住む中国人にとって、このペナンの独立が、その解消のための最良の方策のようにオレには思えるのだが・・。
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