D-21 ガンバレ!フィリピンの男たちよ!

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1987年2月B日

フィリピン

 シンガポールへ帰る数日前に、2泊3日でルソン島北部フィリピンの「夏の都」(毎年3月から5月までの間、政府機能がマニラから移されることにちなんでこの名がある)といわれる山あいの避暑地の町バギオにて久々に心地好い涼しさをエンジョイさせてもらって、マニラへと帰ってきた。

 バギオは小さな町だったが涼しく体にやさしい気候で、この喧噪の国にあって、身体と同時に頭も冷やすことができた。

 この1ヶ月間、実に楽しい時をこのフィリピンで過ごせた。1月ということもあって、1年のうちでこの国のもっともさわやかな季節に恵まれたようだ。

 この国では英語が非常によく通り、どこへ行ってもコミュニケーションに支障をきたすことが少ない。このあたり、東南アジアらしいいい加減さはやむを得ず散見されたが、同じ程度の発展段階にあるタイよりもはるかにコミュニケーションに支障が生じにくかった。

 そして何よりもこの国を旅して楽しかったのは、このなんとも人なつっこい人々との対話だったといえるだろう。果たしてこのひと月の間にいったい何人の一期一会のフィリピン人たちとそこそこ深めに話をしたことだろう。

 ホテルのフロントの人と、レストランの隣りの人と、ジプニーで隣同士になった人と、などなど。なかにはテニスのフィリピンチャンピオンもいた。また「実はオレはマルコス前大統領の親戚なんだ」という人もいた。

 この人たちがみんな笑顔とユーモアをもって、オレのようなただの安旅行者に実に親しげに話しかけてきてくれたことに、素直に感謝したいと思う。

 依然外国からの援助なくしてはとうてい国民生活を安定させることができそうにないこの国だが、この国が本質的にもつ明るさが失われていないのは何よりの大きな救いである。アキノ大統領のもと、数十年前には日本に次いでアジアで2位だったという経済力がまた息を吹きかえさんことを心より祈る。

 そしていまこの国を去らんとする時すがるような思いで願うのは、この国の美しき女性たちがより鮮やかな装いをもって自分たちを飾れる時を一日も早く迎えるようになってほしいということだ。

 マニラのアメリカ大使館の前に並ぶビザ申請人の多さ、オーストラリアで見たフィリピン妻の多さ、日本行きにあこがれる女性、などをこれまでの旅で見てきた。

 現状ではこの国の女性がある程度の物質的な豊かさを享受する方法が、アメリカ人やオーストラリア人や日本人ら外国人と結婚することによってのみであるという事実は、あまりにも悲し過ぎるといわざるをえない。

 そのために、フィリピンの男たちよ、ガンバレ。

 はなはだ無責任だが、オレと同じような顔立ちをして、オレを大いに歓迎してくれた男たちにそう言って別れのあいさつとしたい。

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