D-26 大いなるアジアの罠 4/4

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1987年2月D日

ギャンブル, 罠

 次の朝6時に起きたオレは、朝食をしっかり摂り、タクシーで例のマンションへと急いだ。これから起こるであろう多少のあつれきを思うと思わず身が固くなる。

 夕べ、この戦いについて話をした同じ宿の日本人の旅行者に忠告された。
「君の執念も大したもんだなぁ。しかし、ここは日本じゃないよ。何が起こるかわからないし、決して手荒なマネをしてはよくないんじゃないか・・・。
 今まで君が失ったものというのは、いわば”カネだけ”だろう?それだけですんでるのならまだラッキーだと言えなくもないと思う。君の体に何の危害も加わっていないのなら、それはむしろよしとすべきではないのかな・・・。
 もし、どうしても明日の朝踏み込んでいくというのなら、何か伝言を残しておくべきだ。君の両親あてなり、日本大使館なりあてなり、またはシンガポールの警察あてなり、君が万が一遭遇しうる事態に備えて、何かのメッセージを残しておいたほうがいいんじゃないのかな。」

 なるほど、その通りだ。納得したオレは日本大使館あてに手紙をしたためた。オレの姓名、日本の両親の住所と電話番号、パスポート番号、万が一の事態に取ってもらいたい処置をまとめた。

 それに封をして、忠告してくれた人に対して、
「すみません、これを預かってもらえませんか?もしボクが明後日の朝8時までにここへ帰って来なければ、これを日本大使館に届けてほしいんですけど・・・・。お願いできますでしょうか・・・?」
とお願いしたところ、
「仕方のないやつだな。」
と笑って彼は承諾してくれた。

 タクシーはマンションの前に午前8時少し前に止まった。律義な運転手は10セントまできっちりとおつりをくれた。シンガポールの人々みんながみんなこんな正直だったらいいんだがと苦笑する。そしてこの場に及んでも、なお例の中年男を信じようとしている自分がいた。

 エレベーターが上がっていく。それに連れて鼓動も早くなっていく。目指す階に着き、ドアが開いた。

 ガールフレンドの部屋の前に立つ。もしあの中年男がいなくても、このガールフレンドを締め上げて少しでも失ったカネを奪い返さねば・・・・・・。しかし、手荒なマネだけは絶対にすまい。そう自分にいいきかせながら、2回大きく深呼吸したのち、オレは一気にインターホンのブザーを押した。

 インターホンは使われず、いきなりドアのロックが外される音がした。しめた!とオレは思った。

 音もなくノブが回り、ドアが開いた。が、ドアのすきまから出てきたのは、あの中年男でも、超ベッピンのガールフレンドでもなく、見たことがないマレー人風の中年の女性であった。

「ごめんなさいね。こんな格好で、ついさっき起きたばっかりで・・・。で、何か御用ですか?こんな朝早くから。」
「あのう、あなたは・・・?」
「あなたはって・・・?私はここの住人ですよ・・・。」
「え・・・?で、これこれこういう女の人が・・・、ここに住んでいるかと思いますが・・・?」
「ええっ!?いいえぇ・・。ここは私と子供の二人暮らしよ。他には誰も住んでないわ。」
「えっ!そんなはずは・・・。」
と叫んで、オレはドアの隙間から奥をのぞいたが、奥には誰も見えない。」

「あのう・・・、自分は確かに10日ほど前にここへ、ある人のお誘いを受けて、おじゃましたんですけど・・・。あなたはその時・・・、ここにはぁ・・、いなかったはずですけど・・・。」
「うーん、そのころなら私はマレーシアの実家にいたわ。ここは私の持ち物だけど、あくまで投資用のものだから・・・。だけど、私のいない間に誰かがここを使うなんて考えられないわ。あなた何か思い違いされてるんでしょう。」

 婦人の肩越しに見える部屋の様子は、10日前の勝負が行なわれたあのいまいましいそれに間違いない。オレは何が何だかわからずに、文字通り頭を抱えた。

「ごめんなさいね。私、仕事があるから急ぐのよ。用事が済んだのなら、これで失礼しますわ。」

 婦人はドアをバタンと閉め、ガチャリとロックを下ろした。そしてこの時初めて、オレは自分が巨大なネズミ取りの中で動めいていたのだと悟ったのだった。

+++++++++

 長いこの話は以上。

 繰り返すが、本当にこんなことが起こるのかと疑いたくなるような話だが、彼が話した様子から本当に起こったことに間違いないようだ。

<メモ>
[コメントA]
親になったシンガポール人の男がこのような大きな仕掛け罠をやるのにタダでやるはずもなく、何らかの報酬を日本人男性から受けることになっていたはずだが、そのことについては特に何も聞いていない。男はグルになって勝った香港人から報酬を得たのであろうし、彼もオレに話すころにはそのことについてはもう頭の中にはなかったのだと推測される。

[コメントB]
この日本人男性が常軌を逸したレベルで初対面の外国人を信じたウルトラお人好しであったことは間違いない。ただオレが見る限り彼は日本でかなり大きな心の痛手を負っていたようで、それを吹っ切るためにとにかく極端なことをやることに意義があるとでも感じていたように見えた。
それにしてもシンガポールから香港まで追いかけ、さらにシンガポールに戻って探すとか、彼の尋常でない行動力には驚愕せざるを得ない。この熱さがあればこの先の彼の人生は特に心配なく大丈夫そうな気がする。

[コメントC]
筆者のオレはギャンブルを全くしないので、ここで書いたブラックジャックでのおカネのかけ方やルールなどが適当であるかどうかはわかっていない。もしここがおかしいなどと指摘できる読者さんがおられるなら、ページ下のコメント欄にてこちらまでご連絡いただければ幸甚だ。

[コメントD]
推理小説風に書いたが、どうも論理のスキが数多くあるようでお恥ずかしい限りだ。素人はこういうのにあまりチャレンジすべきではなかったようだ。

 こうしてこの20代半ばの日本の男性君は自分に仕組まれた罠にようやく気がつくのであるが、彼は勇ましくも(?)とことん失ったカネを取り戻すと言い張って、その中年男の居場所をこのあとも探し続けていた。

 彼らが初めて会ったチャイナタウンのホッカーセンターへ通えば何とかなるはずだと言って。

 果たして彼のその後やいかに。まさか失った分をまたギャンブルで取り戻そうとしたとは思わないが・・・・・。それにしても・・・・・・。

 東南アジアだけでなく、外国ではこのような日本ではなかなか思いもよらない罠を仕掛けてくる奴がいることは覚えておくべきだ。

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