カラーサ– tag –
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C)ニュージーランド、シドニー
C-12 アーニャと再会-ダスティンホフマンになったオレ
1986年10月A日 シドニーで最初のアパートはRedfernというセントラル駅から少し南にある、余り治安が良くないと言われている地下鉄の駅の近くのロッジだった。 夕方ロッジに帰ると、アデレードで会ったアーニャからの電話メモを管理人のオバサンが届け... -
C)ニュージーランド、シドニー
C-11 シドニー長期滞在-仕事を紹介いただく
1986年9月G日 晩冬のニュージーランドでは二十日間のうちの半分以上寒い雨にたたられたが、ここシドニーではすでに初春の暖かさで晴れが続く。ほんとこのシドニーという町は気候に恵まれた町だと改めて思う。 当初シドニーにはそれほど長く滞在せず、... -
B)カラーサ
B-66 パース帰還-カラーサを想う
1986年8月B日 パース帰還-カラーサを想う パースに帰って再びジュウルハウスに泊まっている。小さな部屋の中でただぼうっと天井を見つめていると、ごく自然と3日前までいたあの北の町を思い出す。数々の思い出が次々とよみがえってくる。 ・ピルバラ特... -
B)カラーサ
B-41, 42 悲惨なプライベートタイム, 絶望的な食生活と家族
1986年3月L日 悲惨なプライベートタイム このキャラバンの住み心地はなかなか快適だ。外から帰ってドアをジャーンと開けた瞬間、約30秒はサウナ風呂以上の熱波を味わうことは避けられないが、2つあるクーラーをメいっぱい回すとそれもすぐに収まって... -
B)カラーサ
B-40 ポートヘッドランドへ日帰り砂漠ドライブ 3/3
1986年3月K-3日 ポートヘッドランドへ日帰り砂漠ドライブ 3/3 鉄鉱石のホコリをモロにかぶった赤茶色の町並みを抜け、純白の塩の山を通り過ごし、国道1号線に戻った車は再び360度地平線に囲まれながら走る。 正面から乗用車の後ろに我が家より少し... -
B)カラーサ
B-02, 03 アーノルドとメニ, 仕事ゼロ
1985年12月C日 アーノルドとメニ 赤い砂漠の町に着いた。バス停まで迎えに来てくれたマネージャーのアーノルドは、オランダから約30年前に移住してきた50代半ばの紳士であった。 その妻メニもオランダ人。二人ともアムステルダム出身で、長男の誕生... -
B)カラーサ
B-01 北行きのバスの中
1985年12月B日 目が覚めたのが朝の8時。 バスは砂漠の中の一本道、国道1号線をただ北の地平線めがけて走る。 カラーサ到着予定は午後4時。あとまだ8時間の行程である。夕べの午後8時にパースを出発して20時間のバスの旅だが、バスが心地良いせ...
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