E17 ヒースロー空港から出る/パリのシャルルドゴール空港での大スリル

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1987年2月C日 パリのシャルルドゴール空港

シャルルドゴール空港, 入国許可, スタンプ

 真ん前の肥ったイギリス人のオッサンが終わり、オレの番がきた。オレはわざとフランスの入国ビザが押されてあるページを開いて、パスポートを差し出した。ヒースローでもらったあの入国拒否を示す「X」のマークは、できるだけ見られなくしようとしたからだった。これまた姑息な手段と知りつつ・・・。

 疲れた顔の審査官はビザを一瞥し、パスポートの2ページ目の写真とオレの顔を見比べた。彼の顔からは何の表情の変化も見られない。そして、彼の左手はあのヒースローのスタンプのあるページを飛ばし、再びフランスのビザが押されたページを開ける。

 そして、その2秒後、彼の右手は素早く入国スタンプに伸ばされ、そのスタンプは約20センチ上空から、鮮やかな弧を描いて見事にビザの上に命中した。

 彼はこっちへパスポートを投げて返した。オレは震える手でそれを拾い上げ、
「Merci.」
と小声で一言。

 そ知らぬ顔でゲートを通り抜けるが、いまにも後ろから「おい、ちょっと待て。」の声が飛んできそうで、足がどうしてもなかば駆け足気味になるのを止められない。
「I don’t believe it !」
英語でそうつぶやきながら、オレはできるだけ早くあの若い審査官の視界から出てしまおうと足を急がせた。

 ついたての角を曲がって、恐る恐る後ろを振り返ってみても誰もあとを追って来る者はいない。

 やったぁ!やりました。ついにオレはフランスに、いや大フランス様に入国させて頂いたのだ。しかも、考えられないほど実にあっけなく。

 ラゲージルームでバックパックを取り上げて税関へと向かう。「出口」と書いてある扉の横に税関があり、黒人の官吏がチェックする相手もなくぽつんとひとり所在なさそうにつっ立っていた。

 ふつう、この手の税関では声をかけられない限り、素通りできるはずだ。オレは「ハロー」とあいさつして、男に微笑みかけてその横を素通りしようとした。

 が、ここで、
「ちょっと待て。」
という声がかかった。声の主はもちろんその黒人の税官吏だ。

「あなたはどこの国の人ですか?」
男は強烈ななまりのある英語で話しかけてきた。ドキン!という大きな音が胸の中で鳴り響き、それとともにヒースロー空港のあの拘留室の「囚人」たちの顔が、頭の中にくっきりとよみがえってきた。

 ああ、神様、出口をわずか数メートル先にして、ここでオレを見捨てるなんて・・・・・。

「日本です・・・・。」
「日本・・・?」

 男は怪訝そうな目でオレの顔を覗き込む。目が大きく、日焼けした顔、そしていかにも安旅行者風のオレの見なりは、この男の職業意識を喚起させるには十分すぎたようだ

「パスポートを見せて下さい。」
なんで、こんなところで・・・!?ここでまた変な言いがかりをつけられるのか・・?

 生涯最高の作り笑いを精一杯作って、オレはパスポートを男に差し出した。写真と実物を比べる黒人独特のあのギョロッとした目が光る。

 お願い、神様!自由まであとたった3メートルです。どうか、どうかよろしく!

 1時間とも2時間とも思えた3秒のあと、
「オーケイ。」
男はパスポートをオレに返してくれた。
「Merci.」

 自動扉が開く。この瞬間クアラルンプールの空港を発って以来、4日目の自由が自分に帰ってきた。

「I don’t believe it !」
 オレは英語でそう何度も何度もつぶやきながら、午後9時前の誰もいなくなったシャルル・ド・ゴール空港の通路を歩いた。

 メトロの駅を目指す足は走らんばかりに軽く、背中のバックパックはほいほいと身軽な音をたてていた。

 予想もしなかった大いなる難産の末、オレのヨーロッパの第一歩は、図らずもここパリに印されたのだった。

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