D-11 シンガポールの安宿=バックパッカーの安息所&密輸人の隠れ家

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1986年12月D日

ホステル, バックパッカー, 密輸人

 コタバルの宿の中国人マネージャーがシンガポールの宿ならここへ行けばいいよ、と教えてくれたベンクーレンストリートの宿は、彼の言葉通り非常にリラックスできるところだった。

 ここは個室はなく、すべての宿泊客はドミトリー式の部屋で寝泊まりする。ベッドが良いか悪いか、うるさい部屋か静かな部屋かで料金が違う(といってもシンガポール$6から$8の範囲だが)。

 大きな部屋にベッドが5台から10台置かれ、トイレ、バスは共用。貴重品は各自のロッカーに入れて保管する。ようするに東南アジアに多いバックパッカー御用立てのホステルだ。

 このベンクーレンストリートはこの手のホステルのシンガポールでのメッカで、バンコクのカオサンロードほどの規模はないが、外国人バックパッカーのたまり場だ。

 ホステルの泊まり客は大別してオレたちのような安旅行者バックパッカーとシンガポールを根城にしている密輸人たちの二つのグループに分かれている。

 安旅行者は他のアジアの町で見るのと同じく、西ヨーロッパ、米、加、豪、ニュージーランド、日本からの若者でほぼ占められている。日本人の泊まり客はほぼみんな2ヶ月未満の旅程だが、日本以外の国からの旅行者で2ヶ月未満の旅行をこのアジアでしているやつは皆無である。

 日本人以外の安旅行者たちは、少なくとも3ヶ月以上でだいたい6ヶ月から10ヶ月ぐらいの旅程を組んでいるやつが最も多いようだ。オレのように2年もの間旅をしているというやつはさすがに少ないが、なかには5年などというツワモノ(キワモノか?)もいる。

 他のアジアの国々を何ヶ月か旅してここシンガポールにたどり着いたやつらは、オレも含めてまず誰もこの町を一週間以内に立ち去ろうとはしない。というのはわれわれ先進国の旅人にはこのシンガポールという町(国)が、東南アジアで唯一心からリラックスして過ごせる町だからである。

 電話はマチガイなくつながる。町を歩いていても後ろを気にする必要はない。生活に必要な物資、サービスはすべて簡単に手に入る。清潔である。英語を話す人が多く、どこへ行くのにも便利である。しかもそれほど生活費がかからない。

 これらの要素がこれまで長旅をこなしここからまた旅を再開しようとするバックパッカー旅行者には、なによりもありがたき休息の場として重宝がられている理由なのだ。

 密輸人たちはシンガポール、マレーシア、インド、イランなどの国の奴らが多い。身振りがいいのでもっといい宿に泊まる金銭的余裕はあるはずだが、彼らにとってはこの手の安宿の方が居場所を警察などの目から逃れるのに都合がいいためこんなところで寝泊まりしているようだ。

 シンガポールは自由貿易港で外国から入ってくる物資に対して関税をかけない。それゆえ輸入品、例えば日本の電化製品、フランスの化粧品、スイスの時計など、世界の一流ブランドがきわめて求めやすい価格で市中に出回っている。

 密輸人たちはこれらの元々安い商品を大量購入することにより、単位あたりの支入れ価格をさらに安くする。そして商品をシンガポール国外へ持ち出し、ターゲットとする国へ行きそこの税関を極秘にすり抜け(輸入関税を支払わず)、そのターゲット国で商品を高値で売りさばき、多額の利益を上げるのだ。

 もちろん、そのターゲット国への入国時に税関で見つかれば、その商品に多大な関税を支払わねばならないことは言うまでもない。しかし、いったん税関を通り抜けることができれば、普通の商売からではゼッタイに得られないような巨大な利益が転がり込んでくる。

 あれこれと色々なテクニックがあるようだが、やはり最後は運任せであり、これはきわめてリスキーなビジネス(本来これは犯罪なのだが)といわざるをえない。やつらにとってこのような安宿は格好の隠れ家となっているようだ。

 一度シンガポール人の密輸人に次のインド行きの仕事を手伝う気はないかと誘われたが、その仕事の内容は以下のようなものだった(この場合はシンガポールでモノを買うのではなく、タイで買い付けるところが例外的である)。

 列車でマレーシアを経由してバンコクまで行く。飛行機で行けばよさそうなものだが、やつはバンコク空港でとっ捕まった前科があり、メンが割れているとのことで列車またはバスで行かざるをえないのだそうだ。

 バンコクにいるパートナーのメーカーの社長に会い、特殊なワイヤーを80キロ作ってもらうよう要請する(電話で注文すればいいようなものだが、電話では相手が信用しないのだそうだ)。

 ワイヤーが出来上がるまで2、3日パタヤで待つ。やつはバンコク市内では捕まる可能性があるとかで、バンコクでは安心して宿泊できないらしい。それにこのスケベー野郎はパタヤにガールフレンドが3人いるとか言っていた。

 ワイヤーを受取り、支払いを米ドルの現金でする。そしてひとり40キロ(!)づつ持って、バンコクの空港からデリーへと飛ぶ(カルカッタに用があるのだが、カルカッタは税関が厳しすぎるとのこと)。

 デリーから夜行列車でカルカッタへ行く。この男によるとこの列車は途方もないシロモノで、車内はいつ乗っても超満員、ドロボーの巣窟で、目を離せば自分の持ち物は次の瞬間いとも簡単にもっていかれるらしい。

 それに車内で販売している食物は絶対に食えないという。ある日本人の旅行者がハンバーガーをこの車内で買って食べたところ、彼はその日から2週間、生死の境をさまよったということだった。

 カルカッタで半分モノを売り払って、また列車でインドを横断してボンベイへと向かい、そこで残り半分を売り払う。そしてボンベイからシンガポールへ帰ってくる、というのがやつの計画の全貌である。

 約十日間の仕事で500米ドルの収入になるとのことだったが、第一、出発が三日後ということではインド入国のビザを取る時間がない。それにインドあたりでとっ捕まればいったいどんなメに遭わされるか想像もつかない。オレはNoの意を伝えた。

 やつは一人で出ていったが、果たしてその結果は・・・。いまごろインドの監獄で3食全部カレーを食わされ、あのもともと黄色い顔をまっ黄色にしているころかもしれない。

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