D-13 ヨリコさんが送ってくれた小切手はシンガポールでの受取に失敗

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1986年12月F日

小切手受け取れず

 シドニーを出る直前にオーストラリア政府からの税金の還付金1,000豪ドルがあることがわかったが、オレはそれを自分で処理して受け取る時間がなく、そのおカネを小切手にする手続をシドニーに住むヨリコさんにお願いしてあった。

<メモ>
この件についての詳細はこの記事↓に記述してある。
「C-17 思わぬ収入、でも甘い認識が大トラブルの種に」

 オレはビルマに行く前の11月中頃に、バンコクからヨリコさんに手紙を書き、小切手をシンガポール人の友人ジュリアの実家へと送るよう頼んでおいた。

 ジュリアはシドニーのRedfernにあるロッジで知り合った女性で、オーストラリアの永住権を取得してシドニーでピアノの先生になる夢に向けての準備をしている人だった。日本にも好感を持ってくれているようで、12月にシンガポールに来るなら私も休暇でシンガポールにいる予定なので遊びに来てね、と自宅住所(ご両親が住む実家の場所)を教えてくれていた。

 ヨリコさんは期待通りしっかりとそこへ小切手を送ってくれたようだった。ところが、オレの方がジュリアの友人の両親に、オレあての郵便物がオーストラリアからそちらに届く予定ですの届いたら保管をお願いします、と通知することを怠慢したがため、両親はその小切手が入った(おそらく国際書留で送られた)郵便物の受取を拒否してしまった。

 日本の感覚では届いたものはまず受取だけはするだろうと考えていたためだが、国が違えば心当たりのないものは受け取れないという反応をすることがあるということをオレは理解しておらず、ほんとバカだった。

 それゆえ小切手はシンガポールからまたシドニーのヨリコさんのもとへと返送されてしまったようなのだ。

 ジュリアはこの頃予定通りシンガポールの実家に帰っていて、連絡を取って会いに実家まで行ったとき、上述のように返送された経緯を彼女のお母さんから聞かされ大ガックリ。

 ヨリコさんやジュリアそして彼女のご両親みんなに迷惑をかけ、さらに思い描いた通りにならなかったことに愕然として、オレは腰が砕け落ちそうになり、1分ほどおでこに当てた手のひらがくっついたままになった。

 だが、ガックリばかりもしておれず、オレはすぐさまヨリコさんに手紙を書き、今度は小切手を次の行き先と決めたフィリピンのマニラの日本大使館へと送ってもらうよう依頼した。

 だがこの後もこの小切手はオレをこれでもかこれでもかとさらに悩ませてくれることになっていく。

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