オーストラリア– tag –
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G)イスラエルとエジプト
G-41 スデ・ニツァンに戻る、が、運命の女神はいまだ微笑まず
1987年6月F日 文字どおり極めていみじき2週間余りのエジプト旅行を終えてイスラエルに戻り、再びモシャーフスデ・ニツァンへと帰ってきた。だが、運命はいっこうにオレの方へはなびいてこない。 フィリピンの日本大使館から待ちに待った手紙が届いて... -
G)イスラエルとエジプト
G-06 29歳の誕生日-帰るべきか否か・・・
1987年3月F日 今日は29回目の誕生日。 とうとう30歳に王手がかかってしまった。これで3年連続で誕生日を外地で迎えたことになる。 いざ王手がかかると心の中の一人のオレが、「おい、そろそろ帰り時じゃないのか?」と呼び掛けてきた。日本で職を見... -
D)東南アジア
D-13 ヨリコさんが送ってくれた小切手はシンガポールでの受取に失敗
1986年12月F日 シドニーを出る直前にオーストラリア政府からの税金の還付金1,000豪ドルがあることがわかったが、オレはそれを自分で処理して受け取る時間がなく、そのおカネを小切手にする手続をシドニーに住むヨリコさんにお願いしてあった。 <メモ>... -
D)東南アジア
D-12 シンガポールの派手なクリスマスイブ
1986年12月E日 クリスマス前から旧暦の正月(英語ではChinese new yearという)までの約2ヵ月間、このシンガポールが世界に誇るショッピングストリート、オーチャードロードはそのきらびやかな装いで、市民と旅行者の目を大いに楽しませる。 ふだんで... -
C)ニュージーランド、シドニー
C-18 第二の故郷となったオーストラリアを去るに当たって思うこと
1986年11月B日 昨年の3月に入国以来、20ヵ月をこのオーストラリアで過ごしてきた。 当初の目標つまり、この国の社会に根を下ろす、何か一つのことをやり遂げる、英語を上達させる、という三つについて、100%ではないものの自分としては「ある程度は満... -
C)ニュージーランド、シドニー
C-17 思わぬ収入、でも甘い認識が大トラブルの種に
1986年11月A日 オーストラリアを出る11月9日の数日前、オーストラリアで最もお世話になったパースにいるノリさんにこの国を出ることを伝える電話を入れた。 驚いたことに、当時オレのオーストラリアでの住所はノリさんのお宅の住所をお借りしていた... -
C)ニュージーランド、シドニー
C-15 アーニャから手紙, オーストラリアを去る
1986年10月D日 この日アデレードに戻ったアーニャから手紙が届いた。11月13日にバンコクのインターホテルに到着予定、その時点でオレがバンコクに来れたらそこへ連絡してほしいとの内容だった。 出国をいつにしようか迷っていたが、いよいよオレも... -
C)ニュージーランド、シドニー
C-10 変身した自分に気づく
1986年9月F日 このニュージーランドでの滞在を終えようとするとき、ひとつはっと気が付いたことがある。それはこのように自由に海外の町を周遊したのは昨年のアメリカでの10日間に次いで2回目だが、今回は前回とはかなり違った周り方だったということ... -
C)ニュージーランド、シドニー
C-08 クイーンズタウンやマウントクックなど素晴らしい観光地。オーストラリア行きビザ許可される
1986年9月D日 フランツジョセフ氷河を歩いたあと、ニュージーランド最大のリゾート地クイーンズタウンへ。 この町ではスキーのほか、ジェットボート、ラフティング(ゴムボートでの急流下り)、スカイダイビングと言った様々なスポーツ体験が可能で、... -
C)ニュージーランド、シドニー
C-05 オークランド-ニュージーランド最大の都市-親切なスタート
1986年9月A日 正午過ぎにシドニーのキングスフォートスミス空港を飛び立って、飛行機はニュージーランド北島にあるこの国最大の都市オークランドに降り立った。3時間のフライトで2時間の時差のあるところへ飛んでいけば、飛行に載った時と降りた時とでは...
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