
たまたまだが部屋の整理をしていたところ、タンスの隅に眠っていたスデ・ニツァンのボランティアTシャツを見つけた。ボランティアがスデ・ニツァンを去る時にもらえるTシャツで、これを見ると頭の中があの時代に自然とワープする。
胸にはこのように↓書いてある。
I GOT MY GREEN THUMB
AT MOSHAV SDE NITZAN
ISRAEL
訳すと
僕の親指はイスラエルのモシャーフスデ・ニツァンで緑色になっちゃった。
とか
僕はイスラエルのモシャーフスデ・ニツァンで親指を緑色にされちゃった。
くらいの意味。
1973年の設立以来、スデ・ニツァンで活動したボランティアの総数は現在まででおそらく数万人になっているだろう。ドロボーしてトンズラしていったジムなんかはこのTシャツをもらっていないが、ふつうに数か月滞在するともらえたようだ。
はたして40年の時を越えてまだいまこのTシャツを持っているかつてのボランティア連中は何人くらい世界中にいるのだろうか。
スデ・ニツァンの地に集まって同窓会をするのが一番いいが、それは常識的に考えて不可能に近い。できればZOOM会議などで、このTシャツを着た姿で、お互いの顔を見ながら変貌ぶりを笑い合いたいものだ。
その前にイスラエルとハマスの戦闘はいつまで続くのか。この記事を書いている時点(2026年8月9日=長崎に原爆が投下された日=ソ連が日ソ不可侵条約を破棄して満州へ侵攻した日)では、戦火は収まっていない。
僕が滞在していた1987年はユダヤ人とパレスチナ人との間で大きな争いや戦いとかはほぼない時代だった。
イスラエル人とパレスチナ人それぞれの言い分があり、どっちがいいとかこうなればいいとかはなかなか見えない。
それに卑賎で邪悪な自己欲のためだけに政治をしている大統領を持つアメリカが絡んでることは、戦火を浴びている人たちのたいへん大きな不幸だ。
はるか遠い日本からできることは、毎日のニュースからイスラエルとパレスチナの怪我をした人や壊れた建物の画像が出てこないように祈ることだけだ。
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