モシャーフ– tag –
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G)イスラエルとエジプト
G-11 さて、これからどうする・・・
1987年4月E日 これからのことを考えている。 ヨーロッパの国々を旅行するには一日最低でも25米ドルから30米ドルかかる。安全側をとって一日30米ドルとすると、1ヶ月の旅行で900米ドル、2ヶ月で1,800米ドル。かなり大きな数字である。 そしてもし... -
G)イスラエルとエジプト
G-04 メンバー農家は海外からの移住者が多くその経歴がすごい
1987年3月D日 このモシャーフのメンバー住民はすべてファーマー(農家、お百姓さん)で、全員がユダヤ教徒。 モシャーフとしては少し小さめの規模といわれるこのスデ・ニツァンだが、ところがどっこい、規模と内容は別だ。なんでもこのスデ・ニツァンは... -
G)イスラエルとエジプト
G-03 スデ・ニツァンの成り立ちは政府の大きなバックアップによる
1987年3月C日 このモシャーフ、スデ・ニツァンは総面積約180ha(ヘクタール)で、甲子園球場が46個入るサイズ。イスラエル南部のネゲフ砂漠の真っただ中に人工的に造られた田園地帯にあり、メンバー約60の農家で構成されている農業中心のモシャーフだ。各... -
G)イスラエルとエジプト
G-02 ボランティアについて-イギリス人がやたら多い
1987年3月B日 ここでのボランティアは二つのグループに分かれる。一つはプライベートボランティアと呼ばれ、一人のファーマー(モシャーフのメンバー。お百姓さん)に対してのみ働く人たち。そしてもう一つのグループはプールボランティアと呼ばれ、特定... -
G)イスラエルとエジプト
G-01 モシャーフ「スデ・ニツァン」に入る
1987年3月A日 「スデ・ニツァン」というモシャーフに来て3日目。 オレがこのモシャーフに来れたのは非常にラッキーだった。ハイファの港から入国したゲートのすぐその外で、このモシャーフのボランティア募集の責任者ノアがゲートから出てくる各旅行... -
F)パリ、ヨーロッパ横断、地中海
F-24 船上で会ったユダヤ系南アフリカ人女性からイスラエルについて聞く
1987年3月L日 自分の席に帰る。ひとりの船旅というものは心淋しいものだ。バスや列車や飛行機のように、自分の席に座っていることが当たり前の乗り物では、そのまま自分の席で眠りこくっていても、それほど自分を不自然なものとして感じることはない。 ...
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