1987年3月B日

ここでのボランティアは二つのグループに分かれる。一つはプライベートボランティアと呼ばれ、一人のファーマー(モシャーフのメンバー。お百姓さん)に対してのみ働く人たち。そしてもう一つのグループはプールボランティアと呼ばれ、特定のファーマーにつかず、人手が必要となったファーマーに臨機応変に雇われるモシャーフの便利屋のような人たちだ。
オレは現在のところプールボランティア。カナダから移住してきたボブというファーマーに働いている。仕事はマンゴの木の花摘みとトマトを収穫すること。極めて簡単な作業だが、農作業など信州への修学旅行でのリンゴ狩り以外やったことのない自分には、見るものやる事すべてが新しく物珍しい。まあ興味を持ってやっていけそうだ。
だが、このモシャーフに来て1週間がたったが、どうも気持ちがパッと晴れない。ロードス島からハイファへ来る船で持ち続けたもの淋しさと同じような気持ちにまた包まれ始めた。これまでのところいまひとつ他のボランティアたちとしっくりこない。
そして、どうもその理由はこのモシャーフにイギリス(正確な言い方はイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの4つの構成国からなる「連合王国」または「英国」)から来たボランティアがやたら多すぎることにあるといえそうである。
イギリス人たちはここをイギリスとでも思っているのか、ここ中東のへそイスラエルのこのモシャーフにあっても、彼らはすべてイギリスの流儀でものごとを進めようとする。
それに彼らの地方ごとに異なるアクセント(地域ごとの発音のクセ)は困ったものだ。ロンドン出身のやつとリバプール出身のやつと3人で話していたりすると、その極端に違うふたつのアクセントに耳はパンク、頭はどうしようもなく混乱してくる。あいつらの地方ごとのアクセントをなんとか統一できないものなんだろうか。
いやそれよりかむしろ世界の共通語が必要だ。よくよく考えてみれば、なぜ彼らイギリスの言葉をオレたちがわざわざ大切な時間を費やして必死に学ぶ必要があるんだろうか。
非常にシンプルな構造でできているといわれるインドネシアの統一国語をでも世界の共通語にすれば、世界の人々がもっと簡単にコミュニケートし合えるのに、と思う・・・・。
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