イスラエル– tag –
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G)イスラエルとエジプト
G-07 プールボランティア卒業し、プライベートボランティアになる
1987年4月A日 隣り部屋のスコットランド人ロイが昨日このモシャーフを去った。そしてそのあとを引き継いで、今日からオレがマイロンというアメリカ出身のファーマーのプライベートボランティアとして働くことになった。 マイロンはカリフォルニアのサ... -
G)イスラエルとエジプト
G-06 29歳の誕生日-帰るべきか否か・・・
1987年3月F日 今日は29回目の誕生日。 とうとう30歳に王手がかかってしまった。これで3年連続で誕生日を外地で迎えたことになる。 いざ王手がかかると心の中の一人のオレが、「おい、そろそろ帰り時じゃないのか?」と呼び掛けてきた。日本で職を見... -
G)イスラエルとエジプト
G-05 超音速ジェット戦闘機が起こす衝撃波(激しい振動と大音響)にビビりまくり
1987年3月E日 イスラエルを語る時、戦争というものを抜きにはできない。エジプトとの戦争時(現在、エジプトはアラブの国の中で唯一イスラエルと国交を結んでいる国である)、イスラエルはこの南部イスラエルのネゲフ地域に空軍基地を数多く作ったらしく... -
G)イスラエルとエジプト
G-04 メンバー農家は海外からの移住者が多くその経歴がすごい
1987年3月D日 このモシャーフのメンバー住民はすべてファーマー(農家、お百姓さん)で、全員がユダヤ教徒。 モシャーフとしては少し小さめの規模といわれるこのスデ・ニツァンだが、ところがどっこい、規模と内容は別だ。なんでもこのスデ・ニツァンは... -
G)イスラエルとエジプト
G-03 スデ・ニツァンの成り立ちは政府の大きなバックアップによる
1987年3月C日 このモシャーフ、スデ・ニツァンは総面積約180ha(ヘクタール)で、甲子園球場が46個入るサイズ。イスラエル南部のネゲフ砂漠の真っただ中に人工的に造られた田園地帯にあり、メンバー約60の農家で構成されている農業中心のモシャーフだ。各... -
G)イスラエルとエジプト
G-02 ボランティアについて-イギリス人がやたら多い
1987年3月B日 ここでのボランティアは二つのグループに分かれる。一つはプライベートボランティアと呼ばれ、一人のファーマー(モシャーフのメンバー。お百姓さん)に対してのみ働く人たち。そしてもう一つのグループはプールボランティアと呼ばれ、特定... -
G)イスラエルとエジプト
G-01 モシャーフ「スデ・ニツァン」に入る
1987年3月A日 「スデ・ニツァン」というモシャーフに来て3日目。 オレがこのモシャーフに来れたのは非常にラッキーだった。ハイファの港から入国したゲートのすぐその外で、このモシャーフのボランティア募集の責任者ノアがゲートから出てくる各旅行... -
F)パリ、ヨーロッパ横断、地中海
F-26 争いの海の平和な腕相撲大会で準優勝
1987年3月L日 このクルーズ2日目の夜は椅子席の乗客が集まって、ワイワイと雑談会となった。イタリア、イギリス、ドイツ、イスラエル、などの奴ら約10人でさながらヘボ国際会議が行われた。 夜もふけて会議に疲れた空気が流れたとき、誰かが腕相撲大会... -
F)パリ、ヨーロッパ横断、地中海
F-25 キプロスで一時下船し南アフリカ人女性と街ブラ。南アフリカはやはり外見だけからは理解しがたい国か
1987年3月L日 夜が開けて、正午少し前に船はキプロスの港に着いた。 ここで降りる旅行者も多く、船の中では、「Bye, take it easy.(じゃあな、元気でな)」「See you. Enjoy your trip. (またな。旅を楽しんで)」「Don’t forget to ring me up! (絶対に... -
F)パリ、ヨーロッパ横断、地中海
F-24 船上で会ったユダヤ系南アフリカ人女性からイスラエルについて聞く
1987年3月L日 自分の席に帰る。ひとりの船旅というものは心淋しいものだ。バスや列車や飛行機のように、自分の席に座っていることが当たり前の乗り物では、そのまま自分の席で眠りこくっていても、それほど自分を不自然なものとして感じることはない。 ...
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