F-10 西ドイツ・デュッセルドルフでパトリックの家に電話

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1987年3月A日

デュッセルドルフ, 西ドイツ

 デユッセルドルフはヨーロッパの町としては町並みが新しい。おそらく第二次大戦中は連合国の砲撃の雨を浴びて、古い建物はすべて灰になってしまったのであろう。オランダのロッテルダムも激しい戦場となったおかげで町並みが新しいが、デユッセルドルフにより親近感を感じるのは、やはりドイツが同盟国だったからだろうか。またはこの町が欧州最大の日本企業のビジネス拠点のため、街中に少し日本語が見えることが理由なのかもしれない。

 ヨーロッパを代表する大河のひとつであるライン川が町中を流れてはいるが、ここのライン川はローレライを峡谷のかたわらに望むといったロマンチックな風景ではない。平野であるがゆえ、大阪の淀川となんら変わりはない。むしろこのライン川の方が今は雪解け水が混ざって濁りがあるようだ。

「ホステルのフロントの青年に簡単なドイツ語を教えてもらって、フィリピンで会ったデユッセルドルフ出身のパトリックの実家へ電話を入れた。

「Kann ich mit Patrick sprechen?」
(パトリックさん、いらっしゃいますか?) 
「Nein、×●Ψ◆§¶※я。」
 やつのお母さんらしい女性のドイツ語。「※×●Ψ◆§¶※я」の部分などわかるはずもないが、「Nein」(Noの意)だけで十分意が通じた。

 オレは
「Danke schön」
(どうも、ありがとうございます。)
とだけ言って、電話を切った。

 予定ではやつはあと2ヶ月先ぐらいに帰国の予定である。やはり今ごろやつはまだインドあたりで毎日カレーを食っているころだ。

 それにやつのことだ。またしょうこりもなく、インドのどこかでマビニストリート(フィリピンのマニラの歓楽街)みたいなところを見つけて、夜な夜なさまよっていることだろう。

「おい、ジョン、×××ストリートへオレ行きたいんだけどさぁ・・・。」
 やつがそう言いながら、モジモジと193cmの長身をかがめて誰かに嘆願している姿が目に浮かぶ。

 ものすごくピュアなやつだけに、変なやつにひっかかってなければいいんだが。

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