F-17 イスタンブールは超エキゾチックそしてトルコ人は日本人に超フレンドリー

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1987年3月G日

イスタンブール

 イスタンブールの町は一面の雪に覆われている。すべての道路の表面は約10センチの氷に覆われ、すべての車はチェーンを装備し、建物のスミには50センチほどの高さに雪が吹きだまっている。

 この年の3月、ギリシャ、トルコ地方は異常な大寒波に見舞われた。ギリシャからイスタンブールまですべて雪景色というのは、ふだんの年ならば今ごろすでに春爛漫の風情を漂わせるはずであろうこの地方にとっては、まさに異例中の異例のことなのだという。これまで訪れたヨーロッパ8ヶ国の中で、緯度が一番低いながらも、このトルコが最も強く寒さを感じさせた。

 実際、この町へ入る手前約30キロの地点で、積雪のため道路閉鎖の足止めをくらった。オレたちはわずか4時間待っただけですんだが、実はこの道路閉鎖はその前なんと3日間に渡って行なわれていたそうで、トーマスがドイツから来た車のドライバーから聞いたところでは、彼はもう2日間その場に足止めをくらっていたとのことであった。

 その程度の待ち時間で済んだこと、そして何より這う這うの体ながら初めて左ハンドルの車を運転して何とか無事に車を前に進められたこともあり、オレたちは非常にラッキーだったと言える。

 空をぶ厚い雲に覆われてはいるものの、ここイスタンブールは今までに訪れた町の中でもダントツにエキゾチックな光を強く放つ町だ。ひとつの町の中にヨーロッパとアジアを包含するということに始まり、このトルコのイスタンブールほど数々の魅力を備えた町というのは、地球上でもそう数多くあるものではないと思う。

 ボスポラス海峡とマルマラ海と金角湾と3つの海の接点を中心として拡がるこの町は、至極の眺望を訪れるものに提供する。その接点のド真ん中の小丘に建立されたトプカピ宮殿からの眺めは、いかなる訪問者のタメ息をも誘わずにはおかない。

 見渡せば、右手からマルマラ海、ウスクダラというアジア部分の町並み、ボスポラス海峡、対岸の小丘の頂点のガラタ塔を囲む町並み、そして金角湾と並び、後ろにはビザンチン帝国を滅ぼしたオスマン帝国の王宮を従える。その場に立った者は、古代から中世への西洋史を一挙に自分の目の中に入れたような気持ちにさせられる。

 金角湾に跨るガラタ橋付近の雑踏は、イスタンブール市民の生の姿が生き生きと息づく、この町の顔のようなところである。

 獲れたての魚を大声で売る男、パンを売る子供、100パーセント生のオレンジジュースを売る屋台など、実に様々な売り子の声がまさに響き合い、こだまし合うように飛び交い、その横を市民がいそいそとそれぞれの目的地へと急ぐ。

 そして、天からは心地好い嵐のようなアザーン(イスラム教徒への礼拝の呼びかけ)の大音響があちこちのモスクの巨大なスピーカーから重なり合いながら降り注ぐ。

 脳ミソがプロぺラのようにグルグルと回って上昇し、魂が肉体にさよならと言って遊離していきそうになるこの喧騒の中を歩く。これこそが旅の醍醐味に他ならない。この瞬間こそが、異文化との接触の喜びなのだ。そしてこれこそがオレが旅を続ける理由なのだ。

 そんな文字どおり極めてエキゾチックな景観と雰囲気とを誇るこの町であるが、日本に育ち、オーストラリアという西洋社会にとっぷりと浸かった生活体験を持つ自分には、この町の人々が何かにつけてとても奇異に見えることがある。

 厳しいイスラムの戒律の中に生活する人々というのは、やはりその他の人々と比して変わっているなと思うことが多分にある。男性と女性との区別がやたらはっきりしているということ、しょっちゅう道端で何やら真剣に話し込んでいる男たちの姿、ニヤニヤとした男たちの表情、せかせかと動きながら実はのんびりした態度など、言葉では十分に表現できないが、あげればきりがないほどだ。

 しかしこれまで行った他の町と比べた時、この町の大きな特徴として、日本あるいは日本人に対する感情が極めて良いということはあげておいてよいだろう。道を歩いている時、
「ハーイ、トモダチ!」
とか、
「アナタハ、ニホンジンデスカ?」
とか、オレに声をかけてくる人のなんと多いこと。

 チャイハネ(トルコ風喫茶店)の横を通ると、中でたむろしている人たちが一斉に、「ヘーイ、チャイ、チャイ!」(チャイは紅茶の意。彼らトルコ人は紅茶をことのほか好む。紅茶抜きのトルコ人同士の会話などとうてい成り立たないほどだ)と、紅茶の入った小さなグラスを差し上げて、ごちそうしてやるからここへ来て一緒に話をしよう、と声をかけられることの多いこと。

 みんな片言の英語あるいは日本語で(トルコ語はウラル-アルタイ語族に属し、日本語とはかなり文法的に近いということである)、東洋の東の端から来た異邦人に対し、あふれんばかりの歓迎の意を伝えようとする。

 2年の海外生活で、オレも見知らぬ人に話しかけるためらいはかなりなくなっていたが、しかし、彼らのこの天真爛漫ともいえる人なつっこさには、さすがに最初はとまどったものだった。

 東南アジアに滞在して以来、街角で声をかけられるということ即ちダマされることだという基本原則が頭にヘバリ付いていた自分には、当初、彼らが全員コソ泥に見えたが、自分の知る範囲で言うならば、トルコには人を騙して金品を騙し取ろうなどと考える輩は極めて少ない。

 もちろん、スーク(市場)の観光客ズレした商人たちなどは、商売ゆえにある程度はフッかけては来るが、一般の商店にあって、少なくとも我々日本人がダマされるというようなことはまずなさそうだと言ってよいであろう。

 ギリシャ、トルコともに先進国から2、3歩遅れた経済力を持つ国でしかないが、ギリシャ人と比べてトルコ人ははるかに誠実である、とは同じ宿で会ったフィンランド人の話である。

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