F-05 運命の遭遇@アムステルダム イスラエルのキブツ

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1987年2月E日

アムステルダム

 朝のユースホステルのダイニングスペース。オレの向かいの席にオレと同じようなサンドイッチを作っているやつがいた。やつは実に器用に果物の皮をむき、パンの上に上手に乗せていく。
「上手だな。」
「鍛えられてるからさ。」
やつはニヤッと笑って答えた。

「あんた、この町のレストランででも働いてるのかい?」
「いいや、オレはイスラエルにいた時に、これと同じやつを毎日何百と作っていたんだよ。」
「イスラエル?あんた、イスラエル人かい?」
「いや、アルゼンチン人だ。オレはつい先々週まで、イスラエルのキブツに約3ヶ月ほどいたんだよ。」

 キブツとは、イスラエルで発達している小さな社会主義的コミュニティのことで、そのシステムはきわめて興味深いものである。キブツのメンバー(イスラエルに住むユダヤ教徒に限られる)は、自らの労働をコミュニティに提供するが、その報酬としての給与は得られない。しかし、彼らは住居、食事、衣料など生活に必要な物資すべてがコミュニティから支給される。そのうえ、社会保障は100%完備され、数年に一度、海外旅行ができる程度のおこずかいも支払われる。ひと言で言えば、それはほぼ理想的な平等を目指した社会主義的小社会なのだ。

 各キブツは労働力を補うため、恒常的にボランティアを募っている。その労働条件は、ボランティアが労働を提供する代償として、住居、食事がすべてまかなわれ、ひと月に給料が30米ドルほど支払われるというのが一般的であるようだ。

 オレはシンガポールで会ったイスラエル人エレーズから、キブツのことは聞いていた。ヨーロッパでカネがなくなったらキブツへ行ったらいいよ、と教えてくれたのもやつだった。オレは少なからずキブツに興味を持っていた。

「キブツはどうだった?」
「最高だったよ。」
「どういう風に?」
「すべてだな。まず住むところ、食事に気をつかわなくてもよいということ、それに仕事が楽なこと、それにメンバーやボランティアたちと社交的な生活が楽しめること、などいろいろだよ。あんた、イスラエルへ行くのかい?」
「いや、わからない。ただ、サイフの底が見え始めたんで、行き場所を捜してるんだ。どこかで仕事をしないといけないんだが・・・。」
「仕事かぁ。このオランダも失業率が高いからなあ。それにあんた、オランダ語できるのかい?」
「だめだ。だけどこの国では英語で十分やっていける感じみたいだけど・・・・。」
「それはそうだが、やはり雇う側としては、オランダ語で気軽に話せる人間がいいみたいだぜ。実はオレもいくつかトライしたんだが、みんなそういう態度を見せやがるんだ。」
「難しいかい?」
「難しいなぁ・・・。」

 こいつもオレと同じような境遇にあるようだ。飾り窓の女で有名なアムステルダムの赤線地帯を歩くと南米人らしい集団をよく見かけるが、彼らはおそらくこの国での不法労働者であろう。目の前のこの男もそのうちやつらの一員に加わることになるのだろうか。

 オレはイスラエルについて、もっと知りたくなった。
「ここアムステルダムからイスラエルへは一番安くていくらぐらいかかるんだろうか?」
「安いチャーター便のエアチケットがあるらしいが、いくらかは知らない。陸を行くならまずアテネまで行くことだな。そこからイスラエルのハイファまでの船が出ている。たしか70米ドルぐらいだったと思う。ここからアテネまでの行き方はバスやら鉄道やらいろいろあるが、どれが一番安いかオレは知らない。まあ、ヒッチハイクでなら交通費だけは浮かせられるだろうけど。」

 この男は知識が豊富で、いろいろ詳しく教えてくれる親切なやつだ。

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