F-06 運命の遭遇@アムステルダム イスラエルにはモシャーフもある

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1987年2月E日

イスラエル, 国旗

 地図で見ると、オランダからイスラエルまでは遠い。果たしてそこまで行く価値が本当にあるだろうか。それにひと月の給料が30ドルではほぼ蓄えにはならない。それにイスラエルというほぼ常時戦時下にあると聞く国に行くことは、わが身にどんな危険が降りかかるかもしれない。イスラエル行きは非現実的かと思われた。しかし、このアルゼンチーナの次の言葉がオレの心を激しく揺さぶった。

「あんた、もし本当にカネにこまっているのなら、イスラエルにはモシャーフというところもあるぜ。」
「なんだい、それ?」
「基本的にはキブツと変わりはない生活共同体だが、ボランティアにはいくぶん重労働の見返りとして、月に200ドルぐらいの給料が支払われる。それにもしあんたがムチャクチャよく働けば、400ドルなんてのも夢ではないはずだ。事実オレの会ったスイス人の男はひと月400ドルもらったって言ってたしな。」
「ホントかい?」
「ホントらしいよ。だけど、その分仕事は少しキツイらしいぜ。」

 月に200ドルか・・・・。まったくちっぽけな数字だが、現在のオレにとっては1ドルでも多く稼げる場が必要だ。それに旅先で得る月200ドルはけっして小さなものではない。3ヶ月働いて600ドル、うまくいけば1,000千ドルも夢ではなさそうだ。オレの頭の中に”イスラエル”という音が大きなうねりを持って鳴り始めた。

 小切手がどこにあるのかを突き止めて、自分の居住地を確定させて、その住所へ郵送してもらうという作業をきっちりと終えるには最低1ヶ月はかかる。現在の持ち金450ドルではとうてい西ヨーロッパで1ヶ月ゆっくりと身を置く場所は見つからない。どうやらここはいったんイスラエルに身を置いて計画を練り直した方がよさそうだ。そして、それが現在のオレに残された唯一の道なのかもしれない。

 次の日、オレはアムステルダムの町中をイスラエルまでいかに安く行くかをチェックして回った。チャーター便は当分運行予定なく空路はボツ。バスも手頃なのがみつからないし、電車はメチャクチャ高い。

 地図で見ると、アムステルダムからイスラエルまで直線距離で約3千キロ、アテネまで同じく2千キロ。2千キロならオーストラリアではバスでほぼ丸一日で着くが、ここからだとアルプス越えが加わり、おそらく丸2日はかかるようだ。改めてオーストラリアがいかに車で走り回るのに好都合な国であるかがわかる。

 そして、ここでオレの頭に浮かんだことは、どうせ陸伝いに行くならその途上の町や国もできるだけじかに見て行きたい、ということだった。となると、残された道はヒッチハイクしかない。本屋で立ち読みした英語の旅行ガイドにもヨーロッパでのヒッチハイクはきわめて簡単、そしてそれは究極の旅行法なのだ、とある。

 ヒッチハイクなんて生まれてこの方やったことなどまったくない。だが、自分が実際、道端に立って親指を突き出している姿を想像しても何のプレッシャーも違和感も感じない。それに、アムステルダムからイスラエルまでヨーロッパをヒッチハイクで横断するなんて、あまり人がやったというのを聞いたことがないだけに、大いにロマンティシズムを掻き立てられる。

 必要は挑戦の母なのだ。よっしゃ、一発やってみよう。

 イスラエルまで直線距離で3千キロか。遠いなぁ。でもまあ、なんとかなるでしょ。これまでもなんとかやってきたことだし・・・。あかんかったら・・・、その時はその時や。

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