1987年3月J日

トルコ南西部の港町マーマリスはエーゲ海とその南の地中海との接点に位置している。人工的に作られたリゾートの町ということで、ここは他のトルコの町とは一風変わった景観を持つ。アジアにありながらここはむしろ南ヨーロッパの保養地の趣がただよっている。
全長30メートルぐらいの小さなボートでトルコを出国し、ギリシャ領のロードス島へ向かってマーマリス港から南下する。港を出ると右手に真っ白なリゾートホテル群がその姿を見せている。あと2ヶ月もすれば、ヨーロッパ各国から大勢の観光客を集めるであろうそれらは、いまはまだ彼ら自身の休日を楽しんでいるようだ。
朝の海は穏やかで、太陽はまぎれもない3月のエーゲ海の陽光を海面に投げかけている。気温は摂氏20度より少し低いくらいだろうか。海を渡ってくる風は、ようこそ地中海へ、という言葉を船の上で目をつぶって髪をそよぐままにさせている人々に優しくささやいているかのようだ。
そして、マーマリスの湾を出たあたりで気がついたのは、このあたりの海が、とても言葉では表現しきれないほど美しいということだった。
沖縄の海のような七色の珊瑚礁などここにはない。ただの海だけだ。しかし、ここの海の色はいままでに見たどの海よりも、限りなく「紫」に近い色をしていた。
白波のない静かな海面は、まるで紫のゼリーのよう。スプーンを突き刺してすくえば、この上なくおいしいブルーベリーの味がしそうである。
見つめていると、この海は海の神が自分が住みやすいようにと特別に作ったのではないか、ここで何か願いごとをすれば、その願いはこの近くに住んでいるであろう神によって、たちどころのうちにかなえられるんではないだろうか、などと思えてしまう。
この場所で自分がやたらオトメチックにさせられたことにちょっとびっくり。同じ死ぬならこんな海で、などとごく自然に思わせるこの海は、ただひたすら神秘的なまでの輝きを放っていた。
永遠にでも見つめていられる海。オレのいくぶん近眼気味の両目はまるで磁石に引き付けられたかのように、ただ海の神が作ったその紫色の光を見つめて動かなかった。
約1時間のロードス島までのフェリーの旅は間違いなくこれまでの人生で「最も美しい航海」だった。
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