G-34 究極の殺人トイレ

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1987年6月A日

トイレ

 カイロからここカルガオアシスまで約600㎞。11時間のバスの旅は強行軍だった。カイロから一路ナイル川沿いに南下し、アシュートの手前を右折して西方の砂漠へと入り、ここへ着いたのは夜8時前。

 途中の休憩がたった1回だけで、そのあとはずっと走りっぱなし。クーラーなどあろうはずもなく、バスは熱風とホコリを窓からボーボーと吹き入れながら、ただ走った。あのドライバーは驚くほどホントにタフな男だった。そして乗客も全員驚異の忍耐力の持ち主だった。

 このカルガオアシスはこのナイル川西部の砂漠地域の開発拠点として作られた町とかで、想像していたオアシスのイメージとはかなり違っている。町には幅の広い舗装道路が走り、5,6階建ての鉄筋コンクリートのアパートが立ち並んでいる。ここには月の砂漠をはるばるとラクダに乗ってたどり着く、椰子の木繁る小さな村といった面影はない。ただ人工的に作られた町という感じのみである。

 ナイル川沿いの道路を右折して以来ここまで、途中の砂漠は一面白に近い灰色。西オーストラリアの砂漠には赤土の上に枯れかかった木と低い草があったが、このサハラ砂漠の東端では草や木はただの1本も見えない。岩山と砂以外は空だけの世界である。

 途中ところどころ風に吹き流された砂が、道路を半分以上覆っている箇所もあった。あの様子では数の強い日には道路がまったく砂の下に埋まってしまうなんてこともしばしばであろう。ちょっと道を間違えば、ここでは命を落とすのは極めて簡単だ。

 11時間のうち、バスはたった1回だけ休憩のためレストランに立寄った。そして、そこのトイレでオレはこの世のものとはあまり思いたくない景色に遭遇することとなる。

 このレストランのトイレはレストランの建物から数十メートル離れて建てられていていて、男女混用の個室はたった2つだけ。それまで6時間ノンストップで走ってきた乗客たちは、顔をしかめながらドアの前で身をよじらせんばかりにしながら、黙って列を作って待っていた。

 みんな眉をつり上げ、顔は「早くしてくれ、バカヤロー!」と、現在ドアの内側でただ一人スキッとしている先人を罵倒せんばかりの形相だった。

 幸いオレのもよおし具合はそれほど危機的なところまではいっておらず、やれやれとこのレストランの外の木陰で少し待つことにした。

 20分ほどたってようやくトイレの周りには誰もいなくなり、どっこいさてオレもと思ってドアを開けた。だが、なんとそこには100匹を超える元気のいいハエが便器の上をブーン、ブーンと音を立てて飛び回っているではないか。

 一瞬ひるみながら、なんだここは!?と便器の中を覗くとその中にはもう何人分のものか判別不可能なほど数多くの「種類」のクソが沈まずに浮かんでいた。

 黒味がかったの、黄色に近いの、馬のもののようにでかいの、明らかに下痢にかかったの。その哀れな真っ白な原形であったはずの洋式便器は上フタも中フタもなく、内側といわず、縁といわず、外側といわず、まるで白夜の空に光る黒い星のように、四方八方に華麗に飛び散ったクソに覆われてた。

 仮に日本の潔癖症の70歳代の女性がこの光景を見たら、その人は2秒以内で軽くショック死するだろう。まさに殺人トイレだ。

 一瞬くらくらとめまいが感じたが、ここで一発やってしまえば世界中でやれない場所がもうなくなる!と考えたオレは、ひるまず「さあ、来い!」と、ジッパーに手を伸ばし、せめて小さい方だけでもと気合を入れた。

 だが、あの便器の上で春風に踊る花吹雪のように狂喜乱舞するハエさんたちが顔の周りを巡回し始めたため、実に「残念ながら」この一世一代の大志をオレは断念せざるをえなかった。

 しかし、その代償として、畑の片隅で背の高い草に囲まれて山羊とにらめっこしながらのクソもまんざらではないことをオレは学んだ。

 ただ紙を忘れて、かたわらに生えていた幅広の葉っぱでお尻を拭いたたがため、パンツが緑色に染まってしまったのには閉口したが・・・・。

 でな具合にオサシスへの旅は超非日常的に始まった。

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コメント

コメント一覧 (2件)

  • 大志果たせずとも、大地の心地良さを味わえたのですね(笑)

    • あのトイレの写真がないのが実に残念です(-.-)
      いかなるコンテストで一等賞間違いなし。

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