1987年6月E-2日

<注>この写真↑はフルガダの現場でなくフリー素材ですがかなり似ています。実物の海はほぼ均等に4等分されていました。
島でのシュノーケリングにやや疲れて砂の上で休んでいたオレのところへ、ブラジル人のフェルナンドがのこのことやってきて言った。
「ケン、ちょっといいものを見せてやろうか?」
「・・・何だい?」
「まぁ、ちょっとこっちへ来いよ。」
フェルナンドは首で誘って、オレはやつのあとを追ってあきれるほどに白い砂浜をとぼとぼと歩いた。
100メートルほど行ったところで、ふいに「あれを・・・。」そう言って、フェルナンドが左手の人指し指で指したのは海だった。だが、その海は海の常識から外れた海だった。というのはその海があたかも定規で直線を引かれたように水平な線でくっきりと4等分されていたからだ。
つまり、手前の浜の近くは限りなく白に近いブルー。その先が春がすみの空色。その先が色鉛筆の水色。そして水平線の手前が紫色と、それら4色が誰か人の手によって引かれたかのように、実に鮮やかに線で区切られていたのである。
生まれて30年弱、これまでいくつの海を見てきたことだろう。オーストラリア、東南アジア、東地中海、そして沖縄の海と、その数は数えきれない。
椰子の木が純白の砂浜にもたれかかるフィリピンのボラカイ島の海、空から見た沖縄の離島の虹色の珊瑚礁を浮かべる海、そしてあのロードス島の神々の海など、まったくこの世のものとは思えないような美しい海をこれまでに何度も見てきた。
しかし、このフルガダ沖の海のように、キチッと4つの色を線を引いて描いたポップアートのポスターのようなやつに出会ったことは記憶にない。
この感動を表現するのにはあまりにも自分の筆は鈍く、貧しく、またやたらよけいなことを書くことはこの海を汚すような気さえするため、これ以上の記述は続けるべきではなさそうだ。
美しい海を見ることをこの上ない喜びとするような人がいるならば、このフルガダの海はその人にとって絶対に見逃すべき海ではない。
すべての予定を終えて港へと帰るボートは潮に逆らって走っているのか、行きと比べてスピードが出ない。甲板のオレたちはダイビングにさんざん疲れてぐったり。することはただ日光浴だけである。
だが、どんな状況にも陽気なやつはいるものだ。オレが隣りのオーストラリア人男から借りたペーパーバックを読むのを一段落したころ、甲板の上では即席のパーカッション大会が始まっていた。
まず、ドイツでエジプトの歴史を学んだというおかしなエジプト人クルーが、おもむろに自分の両手を叩いてアフリカ特産のリズムを刻み始めた。それにつられたブラジル人のフェルナンドが甲板をコンボのように叩いて、南米のリズムを絡める。
そして、それにつられたもう一人のエジプト人クルーが突然、
「Yeah! Bob Marley!」
と叫んで、踊りだした。
「オレはアフリカで生まれた!しかし、オレの心はジャマイカにつながっているんだ。わかるかい、みんな!?だからオレはこうして踊りたいんだ。わかるだろう、なっ!?」
男は脈絡のない言葉を叫びながら、両手を上げ、両足を踏み鳴らして踊る。
オレたちは、
「その調子だ!」
「イヨッ、エジプトの星!」
とか、ヤンヤの声援を送る。
かくして船上は思わぬ大エンターテインメント会場に早変わり。みんな疲れを忘れて、船上は再び大賑わいを取り戻していった。
雲ひとつない限りなく高い青空と、「水色」の海と、そして純度100%のアフリカ、南米の民俗音楽の饗宴と、これ以上のぜいたくが他にあるだろうか。
米ドルにしてわずか数ドルのこのボートツアー。ぜいたくさの満足度と支払うカネの大小とは決していつも正比例するものではないということを、このボートツアーは鮮やか過ぎるほどに証明してくれた。
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