1987年6月E-1日

古代遺跡とナイル川を除けば決して目の保養になるような美景に恵まれた国とはあまり言えそうもないエジプトだが、自分は幸いにもこれこそは絶対に世界的美景といえる美しいところを発見した。
ナイル川沿いのルクソールから北東にバスで数時間のところにある紅海添いの町フルガダ冲の海のあの美しさは、この喧騒の国のコカコーラである。
フルガダの町そのものはアメリカの大手ホテルチェーンのシェラトンホテルが進出しているというものの、特に何の見るべきものもない。この町へやってくる旅行者は、みんなこの町から冲の島へと出るボートトリップを目当てにやってくるのだ。
このボートトリップは港から2、3時間離れたところにある島まで行って、珊瑚礁の中で遊泳するためのツアーである。エジプト人の乗組員が6人、旅行者は12、3人。オーストラリア人がやけに多く合計6人。
こんな地の果て紅海の海の上でたった1600万人しかいない国の人たちに会うとは、まさに世界の長期旅行者輩出国ベストスリーの一角を担うといわれるオーストラリアの面目躍如たるところである(おかげで船上は、多分ににぎやか過ぎたようだが)。
残りはオランダ人、ブラジル人、イングランド人とオレ。この中で今回の旅程が1ヶ月未満なのはオランダ人のカップルたった2人だけ。残りはオレの2年3ヶ月を筆頭に、1年10ヶ月、1年2ヶ月、9ヶ月なんてやつらがごろごろ。
新婚旅行で世界一周に出てきたというオーストラリアの高校の先生同士のカップルも現在7ヶ月目で、残り5ヶ月を存分に楽しんで回る予定だという。サラリーマンが実際に取れる夏期休暇が平均5日以内というどこかの国とは、まさに月とスッポン、雲泥、ウサギとカメ以上の差である。
フルガダ町内の集合場所からバスで港まで連れていかれたオレたちは、全長約12メートルのボートに乗り込んだ。港の周辺の海の色は濃いブルー。油が表面に浮いてはいるものの、色はシドニー湾あたりの海よりはるかに鮮やかだ。
そしてボートが走るにつれ、海の色はゆっくりと淡い色に変わってきた。ふつうは海の深さが増すにつれ、その色は深く濃くなっていくものであろうが、なぜかここでは反対だ。ロードス島付近のあの深遠な紫とはまた少し違う、見ていてたとえようもなく心地好い色をした海である。
カラーサで会ったある日本人の船員さんが、世界中の海の中で紅海が最も「水色をした」海だ、といっていたのを思い出す。水深約10メートルのこの付近の海を、彼が乗る大船会社が運航する数万トン以上のスケールの船が通ったあろうはずもない。
だが、この紅海をはさむアラビア半島とアフリカ大陸の双方からこの海に注ぎ込む河川が一本もないという事実からすると、この全長2千キロにならんとする細長い湾は、全域にわたってこれくらい澄み切っているのかもしれない。
アラビア半島をはさんでこの紅海の反対側のペルシャ湾は、依然イライラドンパチ(イランイラク戦争)の真っ最中だが、この海にそんな不幸が訪れないことを切に祈りたく思う。
船が珊瑚礁近くに錨を降ろすと、それまで待ちかねていたみんなは水中メガネとシュノーケルを着け、デッキからキャッホー!といっせいに飛び込んだ。海は水中メガネ越しに視界20メートルはあろうか。珊瑚の細部、海草の一本一本までくっきりと見える。魚は青、黄、赤、銀と総天然色。あたかも水中メガネを通してテレビのコマーシャルを見ているかのようだ。
珊瑚礁にへばりつくように体をじっとしていると、オレの水中メガネの真ん前を体長2センチほどの黄色と青のしま模様の小さな魚2匹が、お互いの体を突っつき合いながら泳いでいく。
さて、龍宮城はどこかいな、とあたりを探したが、乙姫さまの姿はどこにも見えず。浦島太郎を乗せたカメは、やはり紅海までわざわざ出張するはずもなかったか。
そんなバカなことを考えながら、オレたちはこの「平和な」という言葉の文字通りの意味を噛みしめた。ああ、海の神よ、時をしばし止め給え、などと両手を胸の前で合わせて祈りたくなる心境にもさせられた。
その後にエジプト人クルーによって作られた少々荒っぽいながらもメチャクチャうまい昼飯。このガラッパチのニイチャンたちが、なんでこんなに上手に作るのか、と不思議なほどそれはうまかった。
そして次に連れていかれた小島で、オレたちは自分の目が信じられない景色に遭遇する。
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