1987年3月C日

ホントに来てくれるんだろうか、とハラハラしながらコブレンツの駅で待っていたオレを、笑顔で迎えてくれたのはトーマスという若者だった。ドイツ人にしては珍しいほど背が低く細い男で、シリアでこのベンツを売るためにわざわざこの旅を計画したという、おもしろい男だ。
この一風変わった相乗り旅の道連れはオレを含めて合計5人。車のオーナーのトーマスはシリアまで、中年の西ドイツ人男性はギリシャのテザロニキまで、若い西ドイツ人女性はオーストリアまで、若いトルコ人男性はトルコへ里帰りの途中ブルガリアの国境近くまで、それぞれ行くという話である。中年の西ドイツ人男性以外は英語をある程度話すことができる人ばかりで、みんな物静かな人たちであった。
最後に若いトルコ人をピックアップした車は、ケルンからアウトバーンを南東へと飛ばした。ミュンヘンを越えたあたりから道路はカーブが多くなり、勾配も大きくなり始める。アルプスが近いことが後部座席に座っていても体がそれを感覚させる。ムーミン谷のような風景が続くなか、ベンツは快調に走った。
なきに等しい国境チェックをすませ、夕刻に西ドイツからオーストリア国内へ入る。暗くてよくわからないが、峠を下る車の両側はアルプスの切り立った絶壁のようだ。闇の中に月の光を乱反射させている雪だけが、紫色にぼうっと浮かんでいる。これが日中だったら、さぞこれらの山々の美しさはこの胸をときめかせてくれただろうに。これも金なし旅行者の宿命か。車はただ目的地目指して闇の中をただひたすら走って行く。
西ドイツ人の若い女性がザルツブルグ近くの小さな村で降りた。その村に嫁いだお姉さんに会いに行くのだという。
このあたり西ドイツの人たちは、あたかも自国内を旅するような気軽さでオーストリアへ行くという印象だ。同じ言語、同じ人種、同じような歴史、同じような生活様式を持つ国へ車で向かうという気楽さは、島国日本の国民にはとうてい味わうことのできない、まさに大陸ならではの醍醐味だ。
夜が明けて、オーストリアとユーゴスラビアとの国境。ユーゴスラビアは一応は東側社会主義国家のひとつと数えられるが、この国だけは西ヨーロッパの国々と同じく日本パスポート保持者に対しノービザで入国を許している。ビザを取得する必要のない国というのは長期旅行者にとっては非常にありがたいものだ。
とはいうものの、そこはやはり社会主義の国。陸路の国境審査はヨーロッパで初めて経験する厳しさだった。
パスポートのチェックは顔を覗き込まれるだけですんだ。しかし、男4人の連れ合いということもあってか、車の中のチェックはやはり東側国家のそれである。
審査官は前のボンネットを開けて、その内側隅々まで見渡す。また後ろのトランクを開けて、みんなのかばんの中身を開けて見せろという。彼はユーモアのセンスを持つことなどオレは許されていないんだ、といわんばかりの表情で、チェックを進めていく。
車の外側を見終えると、審査官はオレたち全員に、車の外へ出ろ、と命じた。そして上半身を後部座席に入れた彼は、両手にありったけの力を込めて、後部座席のおしりの乗る部分をドン、ドンと数回下へ押し込んだ。それが終わると、彼は運転席と助手席の下の部分に頭を突っ込み、その下に何かが隠されていないかを確かめていた。
明らかに彼は密輸品の有無を探っているようだ。このあとオレのブリーフケースの中まで調べた彼はようやくオレたちを開放した。
車の持ち主トーマスは事務所の中で散々何やら話し込んだあと、ようやく開放されて戻ってきた。
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