F-25 キプロスで一時下船し南アフリカ人女性と街ブラ。南アフリカはやはり外見だけからは理解しがたい国か

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1987年3月L日

キプロス

 夜が開けて、正午少し前に船はキプロスの港に着いた。

 ここで降りる旅行者も多く、船の中では、
「Bye, take it easy.(じゃあな、元気でな)」
「See you. Enjoy your trip. (またな。旅を楽しんで)」
「Don’t forget to ring me up! (絶対にオレに電話してこいよ)」
「We’ll see in Tel Aviv, O.K.? (テルアビブで必ず会おうぜ、いいな!)」
などという、若者らしい荒っぽいあいさつが飛び交っている。

 イスラエルまで行く乗客も船が出るまでの約3時間のあいだキプロス上陸を許されるということで、オレは夕べの南アフリカの女の子ジュリアを誘って、町をぶらっと歩いてみることにした。

 キプロスという国に関する知識など皆無に近い。何千年前の昔にナントカ文明があったと世界史で習った記憶があるだけで、あとはこの国が島国だということぐらいしか知らない。街の地図も持たないオレたちはただ道の続くまま歩いてみることにした。港から市街地へとたいして文化を感じさせない風景、町並みが続く。

 3月半ばの暖かい日差しを浴びてぶらぶらと歩きながら、オレは彼女にイスタンブールからマルマリス行きのバスの中で会った南アフリカの男と同じように、アパルトヘイトについてそれとなく聞いてみた。ユダヤ系南アフリカ人の女の子がそれについてどう思っているのかに、少しばかり興味があったからだ。

「ジュリア、南アフリカの政府をどう思う?」
 聡明な彼女はそれだけでオレの意図を察したらしく、オレの目を見つめ、顔をキリリとさせて言う。おそらく同じような質問をこれまで何度となく受けたことがあるのかもしれない。

「あの政府は間違ってるわ。」
「どんな風に?」
「それはあの政府があの国に住んでいる住民すべてに同じ権利を与えていないんだから・・・。」

「だけど、南アフリカの白人のなかには黒人に白人と同じ権利を与えれば、国ががたがたになってしまうって心配している人が多いようだけど・・・。」
「そういう人は確かに多いわ。だけど、今の政府のアパルトヘイトのやり方は歴史に逆らってるじゃない。そうでしょう?」
「確かにそうだ。」

「私もユダヤの家に生まれて、厳密にいえば白人とは言えないの(ユダヤ人は人種分類では黒人の部類に属すると言う人がいるらしい)。だけど、政府は私たちユダヤ人と日本人そして中国人や韓国人をも「名誉白人」という名目で、いわゆるふつうの白人と同等の権利を与えてきた。政府は少しずつ権利を拡大させてきたと言うの。
だけど、それはただ私たちいわゆる名誉白人が政府に正面きってたてをつかないだろうという確固たる推論に基づいて、そういう決定がなされただけなの。あくまであの国に長く住んでいる白人が、自分たちの保身を考えてそういう風に妥協しただけなのよ。

 そして、私があの国の政府をもっとも忌み嫌うのは、あの政府がただハダの色だけ、顔かたちだけでもって、人間をすべて「分類」しようとしているからなの。この点があの政府の最も醜い、陰険さを示していると思うの。」
「・・・・・・・。」

「南アフリカで車を運転してみれば、南アフリカの白人がいかに粗野で乱暴、無教養な人たちであるかが一目瞭然のはずよ。ぶっつけるかのように車をわざと寄せてきたり、酔っ払って喧嘩をしたり、恐喝したり、昼日中から銃を乱射したり、まったく彼らは完全に狂ってるわ!
 でも、でもよ、ケン。彼らは白人なの。そんな人たちでも、ただ単に彼らのハダの色が白いからって、髪の毛が金色だからって、顔かたちがヨーロッパ人と同じだからって、ただそれだけで彼らは政府から「より優れた」人間だと見なされ、より多くの権利とより有利な待遇を得ているのよ。あなた、それをどう思う、ケン?」

「・・・おかしいね・・・。」
「確かにおかしいわ。確かに・・・。」
彼女はひとりでボルテージを上げる。この子は真面目な子である。

「じゃあ、ジュリア。君は君の国が嫌いかい?」
この質問に対して、彼女は目を大きく開いて反論した。
「いいえ、とんでもない。私は南アフリカを誰よりも愛しているわ。誰よりも。あの国は世界一美しい国だとも思うわ。」
「美しいって・・?」
「そうよ、南アフリカの風景は私が今までに行った国の中でも、もっとも美しいわ。それに人々だって心優しいし・・・。」
「心優しい人々・・・・かい?」

 オレが少しびっくりしたような声を出したのを聞いて、彼女はふうっと息を吐き、うつ向いて首を左右に振った。
「ケン、南アフリカという国をわかってもらうのはホントに難しいの。それは言葉では私には表現のしようがないわ。ほんと、南アフリカに関心のある人がみんな南アフリカへ行ってみて、実際にその目で確かめてくれるといいんだけど・・・・。」

 彼女もバスの中で話した若い男と同じことを言う。やはりあの国の実情は、それほど他の国の人たちには理解しがたいものなのだろうか・・・。

 ここでオレは話題を変えた。これ以上その手の話を続けることはこの純粋なジュリアを責めることにしかならないと判断したからだ。
「あっ!くるま・・。この国では車は左側を走るんだね!」
 オレは傍らの車を指差して、驚いた声を作って叫んだ。

「あ!ホントにそうね。南アフリカも左側なのよ。ここへ来てから、なんとなく歩きやすいなと思ってたら・・・。」
「えっ、南アフリカも左かい!?日本もだよ。」
「えっ、日本も・・・?ウフフ、私、イギリスと南アフリカだけだと思っていたのに・・、ひねくれ者ってどこにでもいるのね。」
 彼女はそういって、久しかった笑顔を見せてくれた。

 3月の中旬、この島を覆う空気は実にさわやか。空は青く、海も相変わらず紫色だ。

 気温、湿度ともに歩き回るには最高の条件。地中海は春から初夏にかけてが最も素晴らしいと誰かが言っていたが、このさわやか度120パーセントのこの街を歩いて、それが少なくとも誤りではないことはわかる。

 人間やはり暖かいところというのは気持ちが軽くなるものらしい。デッキで船がキプロスの港から離岸する様子を見つめながら、オレは自分の心がそれまでの緊張を解かれ、少しずつ軽くなっていくような気がした。

 オレの頭の中からはこの海域の政治性など、どこかへ飛んでいってしまうかのようだった。ホント、このあたりの風に吹かれていると、戦争なんてどこか違う星での出来事のようにも思えてくる。

 太陽、紫の海、自然と胸に深呼吸させる風、すぐかたわらにひそむ戦火、そして南アフリカ。

 頭の中はまったく混沌として、まるで整理がつかない。この時点、何かオレは地中海の病にとりつかれてしまったかのようだった・・・。

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