G-35 オアシスと下痢とブルース・リーその1

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1987年6月B-1日

オアシス

 夕べから始まった下痢のおかげで、今日はまる一日中カルガオアシスのホステルから出れず、トイレとベッドの往復に終始した。

 バンコクで買った正露丸を飲んだが、まったく効き目なし。日本にいた時はあれを飲めば次の日にはうそのように治ったものだったし、東南アジアでもしょっちゅう下痢したが出すものを出せば治まっていた。でもこのエジプトでかかる下痢はやはり神秘的なパワーを持っているようだ。例のレストランの殺人トイレ以来、トイレにまつわるところではまったく御難続きである。

 それに、ベッドのマットのバネが5本ほど外れていたため寝違えたのか、背中がズキズキと痛む。左の肺の後ろぐらいから左の腰にかけ、どんな寝方をしても痛みが体を走る。

 腹は痛いは、背中は痛いはで、今日一日ベッドの上で、何百回身体をぐるぐると回転させたことだろう。発展途上国ではこの手の苦労はあたりまえ、といえばあたりまえのことなのだが・・・・

 夜になってようやく下痢が止まり、背中もかなり痛みが取れて、少しは腹ごしらえをせねばと、オレはホステルを出た。

 人口5000人を越えないだろうと思われるこのオアシスの夜は静かだ。灯かりも多くはなく、通りは広いが車も人もほとんど往来なしだ。

 晴れているのになぜか星の数はそれほど多くはない。この乾燥した地域にあっては、オーストラリアのようなまさに降るような星の群れを期待していたのだが、細かな砂塵が空に多く含まれているのか、見事にあてを外されてしまった。

 自転車に乗った少年たちが何人か集まっているのが見え、近くへ寄ってみると、そこは何か食べ物を料理している屋台だった。調理者のオッサンの手元をのぞくと、油をいっぱいに入れたフライパンの中で何かが揚げられている。

 英語でこれは何ですか?いくらですか?ときいても全然わかってもらえず、まあ火を通すことだし大丈夫だろうと思ったオレは指でその揚げ物を指して、人差し指を上に突き上げて、「ONE(ひとつ)」と言ってみた。それでオッサンはわかったらしく、「OK」と英語で答えて料理にとりかかってくれた。

 出てきたのは、簡単な野菜のてんぷらともパンケーキともいえる極めてシンプルな食べ物で、甘さはなくなかなかいけた。朝から何も食べられず、腹ペコだったオレは同じ仕草でもう一枚追加注文した。

 このあたりから、オレの周りには自転車に乗った8歳から10才前後の少年たちがやけにいっぱい集まって来ていた。屋台の周りには約10人の少年たちが一斉にオレの方を真っすぐに向いて、何やらニヤニヤしている。オレはモハメドアリモスクのあの愉快な子供たちを思いだして、ニコっと笑って彼らに「Hello」と声をかけてみた。

 彼らは一瞬互いの顔を見合わせたが、その後すぐに笑顔を返してきた。コンクリートブロックに腰かけたてモグモグするオレのすぐ隣りに、その中の一人がやってきてアラビア語でしゃべり始めた。

「××××××シニ?×××××ヤパーニ?」
 シニは中国人、ヤパーニは日本人である。彼らはオレが中国人か日本人か知りたがっているようだ。

 エジプト人のものの尋ね方は少し変わっている。彼らは大人も子供も「あなたは〇〇人か?」という質問を出し抜けにぶっつけてくる。対して今までに行った国のほとんどでは、「あなたはどこから来たんだ?」という問いかけをする。

 つまりエジプト人は会った人間がどこから来たのか自分でまず仮定し、それをマトモに訊いてくる。時にはそれが唐突に過ぎる印象を持ってしまうが、彼らの意識構造そのものがオレたちとは根本的に違うのかもしれない。

 オレは人指し指で鼻の頭をちょんちょんと突っついて、笑顔で「ヤパーニ」と答えた。その様子を見ていて緊張が解けたのか、周りの子供たちは一斉になんやかんや色々と質問を投げかけてきた。ほとんどの子供はアラビア語しか話さないが、なかには片言の英語で話しかけてくる子もいる。

「マラドーナは好きですか?」
「好きだよ。」
「マラドーナとプラチーニ(フランスのサッカーのスーパースター)とでは、どっちが優れていますか?」
「どうかな、知らないけど・・・。」
「アラーの神は偉大ですか?」
「そう思うよ。」
「ブルース・リーはあなたの友達ですか?」
「違うよ。」
「あなたはカラテをしますか?」
「しませんねぇ。」
「日本ではみんなカラテをやってるんでしょう?」
「そんなことはないよ。」
てな具合。

 限りなく続くこれらのバカバカしい問いかけに対して、答えるのに多少の疲労感がどうしても伴う。ブルース・リーは世界各国で有名な人だが、彼が日本人だと思っている人は極めて多い。ここへ来るまでも「おお日本人か。ブルース・リーは元気か?」などという質問はいやというほど訊かれた。

 だが、オレは彼らにとっておそらく初めて会った日本人であろうがため、不機嫌な様子を見せるのは慎まねばならなかった。ここまでオレは終始ニコニコ顔をなんとかキープした。

 2枚目を食べ終わり代金を支払って、オレはまだ質問を続けようとする彼らからもう退散させてもらおうと腰を上げた。

「バーイ。」
というオレに、みんな、
「バーイ。」
 やれやれこれでようやく助かった。

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