1987年5月A日

イスラエルという国をもっと知りたいという気は強いが、どうも現地の人々と知り合うチャンスが少ない。
このスデ・ニツァンのボランティアにイスラエル人はいない(実はオレと同時に一人若いイスラエル人がマイロンについたが、そいつは一日でクビになった)。ファーマーの中にも、イスラエル生まれでイスラエル育ちという人はほぼいないようだ。
ここはネゲフ砂漠地帯の孤立した農場で、車などの足がない限り外の世界とはまったく隔絶されている。爆音をたてて飛んでいく戦闘機がなければ、ここはイギリスの一農村にいるのとまったく同じである。生活は気楽であるが、知らない土地から本来ガツンと受けるはずの刺激はない。イスラエル人たちの生の声を、土地の人々の口からじかに聞くすべがないというのは、やはり物足りなさを感じる。
他のモシャーフを経験したことがあるボランティアたちはみんなこのスデ・ニツァンが非常によく組織化されて、居心地のよいモシャーフだという。しかし、この中東の地にあって、イギリス系の人間ばかりと顔を合わせ、彼らの生活パターンの中で生活するというのはやはり奇異な感じが否めない。
まったくの偶然からやってきたこの国だが、来たからにはこの国のことを少しは知らねば、という最低限の知的欲求はやはりオレにある。
ここの生活には慣れた。だけど、このイスラエルにあって、イスラエルの本当の姿とはとても思えない景色だけを毎日見聞きしながら過ごすというのは、何か間違ったことをしているかのような気がしてならない。
ユダヤ教のこと、イスラエルの国の歴史と現状、ホロコーストのこと、アラブ人のこと、戦争のこと、そのあたりをこの国に生まれて育った人々の口からじかに聞いてみたい。そんな欲望に最近かられ始めた。このスデ・ニツァンを出ることも考えたほうがよいのかもしれない。
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