G-45 エルサレムからバスでティベリア経由ラモットへ

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1987年7月B日

エルサレム, バス, ラモット

 テルアビブを出て、興味の尽きない町エルサレムにたった一泊しかできなかったことに後ろ髪をぐいぐいと引っぱられながら、ラモットへ行くために途中の町ティベリア行きのバスに乗り込む。

 ほんとうはキリスト教、ユダヤ教、イスラム教が共に聖地とするこの世に二つとない町であるエルサレムにもう少し滞在したかったが、カネのないオレにはゆっくりする時間も心の余裕もなくやむない選択をすることになったが、つくづく残念だ。

 バスはエルサレムからまず東の死海方面へと向かい、右へ行けば死海方面に行く地点で、死海とは反対側の左に折れて北へ向かう。

 世界最古の都市といわれるエリコをかすめて、国際政治に関心のある人ならその名を知らない人はいないヨルダン川の西岸添いにバスは北上する。バスの両側には木がほとんど生えていない乳白色の岩山が連なって見える。

 ヨルダン川は、ええっ!?本当にこれがあの有名な川なのか?とびっくりするほど小さな川である。バスからでははっきりとはわからなかったが、川幅はおそらく30メートルを越えないであろう。これがイスラエルとヨルダン・全アラブの国境線、いや戦争停止線だとはとても思えないスケールだ。

 さすがにこの川の両側に家屋はほとんど見えない。数々の戦闘の舞台(晴れの、ではないだろうが)となったこの地の所有権など明日にもどちらかの国からどちらかの国へ移るかもしれず、とても住む気など起ころうはずもない(もちろん政府がこのあたりへの入植を許可していないからかもしれないが)。

 死海の標高が海抜マイナス400メートルというように、このあたりイスラエルの東国境線添い数百キロの土地はすべて海抜マイナス地帯である。

 そしてここはバカ暑い。冷房の壊れてしまったこのバスの中はまさに蒸し風呂。車内の温度はおそらく50度くらいだったのだろうが、空気がまったく乾燥しきってているためか、身体から汗も出ない。頃は7月の初頭。北半球では地球の底がいかに暑いところであるかを知るには、これ以上はないもってこいの季節である。

 ティベリアのバスターミナルに着いてバスを出たオレは身体も頭も疲れ果てて、しばらくベンチで座って動けなかった。もう一度ここを冷房なしのバスで走れと言われて、よっしゃ、とは誰も喜んで返事はしないだろう。

 海面下を走るバス、この暑さ、そして戦争。見るものすべて、触れるものすべて、ことごとくこの国は神がいたずらをするために作り給うた国のように思えてくる。これがイスラエルという国の最大の特徴であり、魅力でもあるのだろうが。

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