F-23 国際クルーズ船は自由度120%-西洋では若者の長旅はファッション

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1987年3月K日

クルーズ船, 西洋, 若者

 オレの買ったこのクルーズ船のチケットはもちろん一番安い椅子席。これから約40時間、船中2泊の旅には疲れるが、お寒いポケットは多くの選択肢をオレに与えはしない。

 幸いシートそのものは幅も広く、前後の間隔も大きく取ってあり、比較的ゆったりとしている。シーズン前ということもあって空席も多く、窮屈さは感じない。

 オレの周りには世界各地の先進国から集まった長髪・ヒゲ面のヤローたちと、タンクトップにコットンパンツのオネーサンたち。若く金のない旅行者の考えることはみんな同じらしく、やつらもこの安いシートで行かねばならない悲しく楽しいビンボー旅行者なのだ。

 この船はギリシャのピレウス(アテネ近郊の港町)からロードス島、キプロスを経て、イスラエルのハイファまでを約3日間で結ぶ定期船で、ピレウスから一晩を過ごしてきたけだるさが、このオレたちの椅子席の広い室内に漂っている。この部屋のムードに馴染めず、少し緊張気味のオレは席を立つ気がせず、何も考えずにただボーッと座っていた。

 船が岸壁を離れた。外を眺めたくなって出たデッキからは港を取り囲む城壁の全景がよく見て取れる。ロードス島の歴史などまったく仕入れる間もなかったが、数千年もの昔以来さぞ数多くの攻防がこの島を巡って繰り広げられたことだろう。

 この島はどれくらいの歴史を持っているんだろうか。現在はギリシャ領だが、非常にトルコに近いこの島の通商上・軍事上の地理的重要性を考えると、過去にはオスマン帝国やローマ帝国、あるいはそれ以前の時代から、いくつもの権力がこの小さな島を奪い合ってきたことだろう。

 現在もトルコとギリシャはエーゲ海の油田の開発権をめぐって対立、戦争の危機さえ含むといわれる。もし戦争とあいなればギリシャ本土から遠く離れ、トルコ本土までごくわずか目と鼻の先にあるこの小さな島など、まさに風前の灯となろう。

 船に続く白波を浮き上がらせる限りなく紫に近い海は、あんまりそんなにユーウツなことばかり考える必要はないよ、とでも言ってきているようにも見えるのだが・・・。

 この船のデッキもシート席と同じく安旅行者で満杯。だが、3月下旬の午後の地中海の風の中で、このデッキ上のムードは実に開放的。この海域の政治的緊張なぞどこ吹く風と、まさに自由そのものである。

 イスラエルで大道芸をして一儲けしようというのか、ボーリングのピンを3つ持って曲芸の練習をする者、自前のハンモックにくるまってキスし合うカップル、ギターで歌うフランス人、ただ黙ってひたすら読書にふける女の子、上半身ハダカになって陽光を吸い取ろうとする者、など、みんなそれぞれの船旅を思い思いのやり方でエンジョイしている。

 ここはあたかもいわゆる西洋の若者風俗のライブ展示場のようだ。人に迷惑をかけない限り、個人はほぼ何をしても許されるのさ、そんな目に見えない鉄則が、このデッキの上を支配しているかのようだ。このデッキのこの120パーセント自由なムードは、日本では少なくとも今後10年先でも、絶対に味わえそうになさそうだ。

 夕刻、ふらっと船内を回ってみた。超一流とまでいわずとも、この船は元来ある程度のカネに余裕を持った旅行者を対象として作られているようだ。カネなしの若者旅行者を除くとほとんどは50歳台以上の団体旅行者だ。

 広いダイニングルームのステージで、ギリシャの民謡やダンスの催しが行なわれていた。客席は西ドイツ人とフランス人の団体とが大多数を占めている様子。ステージ上の司会者はギリシャ語、ドイツ語、フランス語、英語と次々に忙しく話す。客席ごとに司会者に反応する時間に少しづつズレがあるのがいかにも国際クルーズでちょっとこっけいだ。

 ここにも肩肘はったような雰囲気はまったくなく、みんな始まったばかりのバカンス(おそらく彼ら団体客は最低でも3週間はこのギリシャ~イスラエル間の航海とイスラエルあるいはエジプト方面への旅行を楽しむことになるのだろう)をゆったりと楽しんでいる。

 日本という国でこのようなゆったりとした船旅を楽しむことが、一般大衆レベルにまで浸透する日というのは本当に来るんだろうか。定年してから、体力に衰えがみえ始めてからでは、あまりにも悲し過ぎるほど遅過ぎるんではないんだろうか。この船に乗っているとやたら日本との差が気になってくる。

 夕食をカンティーン(セルフサービスの食堂)で取った。カンティーンはバレーボールのコート一面ぐらいの広さであるが、一番安いチケットで乗った若い旅行者たちがかばんを広げて占領してしまって、ここはもう食堂の機能を果たしていない。あたかもヒッピーたちの即席集会所のような様相である。

 西洋では、若者はギリギリの予算でチンタラ長々とビンボー旅行をするというのがひとつのファッションになっているようだ。長髪のきたないヤローたちが寝袋にくるまって、ただ船が前進して目的地に着くのをじっと待っている。時間などまったく気にかけない、心を完全に開放させた、自由気ままな旅だ。

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